小説みたいな恋をして
外はもう真っ暗で、そして土砂降りだった。
仕方なく諦めて、唯史は上ろうとしていた階段を下る。
屋上に行くつもりだった、それは小説で作り話でしかないのは知っていたけれど。幸福な結末を迎えたその場所に、行ってみたかった。しかしこの状況では行ったとしてもきっとと何も見られないだろう。
昇降口で、靴箱を開ける。途端、
「わっ、」
どこかで見たような、と言うか姉が好んで使っているその手の店の袋が目に付いたのだ。一度蓋を閉めてまた開けてみても勿論結果は同じ。恐る恐る手に取るとルーズリーフの切れ端が貼られていた。
『長谷川君へ、本当は直接頼みたかったんだけど機会がなかったのでここに入れさせて貰いました。これを、お姉さんに渡してください。・・・・・津村。』
色気のない文字が、彼女らしかった。非常に気は進まなかったが一応鞄に入れておく、逆らったら後が怖いだけだ。
出掛けに、親に言われたおかげで忘れなかった傘を持って外に向かった。
そこに人だかりが出来ている、唯史はそのまま横を通り抜けようとしたのだが。
「俺と一緒に帰ろうぜ。」
「いや、俺の傘の方が大きい。」
「雨だと曇るだろ、眼鏡取ったらどうだい。それで、僕と帰ろう。」
「狡いぞ、お前。」
そんな会話を聞いてしまえば騒動の原因など一発で分かってしまう。だから勿論無視などしない。
「待ったか。」
「長谷川君。」
光紀の一言に、人並みが割れる。上級生などは憎々しげに唯史を見ていたが、それでも何も言えないのは後夜祭の二人があまりにも絵になってたからだ。
「今日は俺に優先権があると思うんですけどね。」
唯史は悠然と微笑む。するともう二人を阻む物はなかった。
「遅いから心配しちゃったよ?」
「悪かったな。」
光紀も状況を理解して合わせてくれたからそのまま二人で一つの傘に入る。仲睦まじげに歩いて、周囲から人影が減った所で。
「有り難う、助かった。」
光紀が口に出す。余程あのラブコールに辟易していたのだろう。
「約束したからな。」
「じゃあ、我が儘ついでに駅まで傘に入れて貰ってもいいかな。」
勿論こんなに寄り添って歩けるチャンスを無駄にする唯史ではない。
「にしても長谷川君もみんなも良くあんなに傘持ってるよね、朝は降ってなかったのに。」
光紀は本気で不思議なようだ。
「だって遅れてきた台風が来るって言ってただろ。」
「本当にっ?」
唯史も人の事を言えないのだが光紀もニュースなど見ていなかったらしい、本気で驚いていた。こう言う時一人暮らしは不利だ、なんと言っても全てを自分でやらなければならないのだ。誰だっていつかはそうなるのは当然の事だけど、まだ高校生のうちからそう言う苦労をしなければならないのは、やっぱり大変だと思う。
電車を降りる頃には、雨はもっと酷くなっていた。だから光紀は売店で傘を買うと言ったのだが。
「一本も無いんですか?」
考える事は皆同じなのか全部売り切れだ。
「お前ん家って駅からどのくらいだ。」
心配になって唯史は聞いてみた。
「十分位。」
この雨の中、傘無しに帰れるような距離ではなかった。
「じゃあ家まで付いてってやるよ。」
「え、悪いよ。」
「この雨で見捨てたら、寝覚めが悪いだろ。」
強引にそう言うと、
「ごめん、有り難う。」
やっと、折れてくれた。
光紀の指示で前にも一度通った事のある道を進む、今では風も相当強くなっていて傘を差していても背中が濡れた。
「じゃ、俺はここで。」
このマンションにはあまりいい思い出はない、だから唯史としてはエントランスで別れを告げたかったのだが。
「待って、」
自分の所為でびしょ濡れになってしまった友人をそのまま返せる程光紀は冷たい人間ではない。引かない態度で唯史の腕を掴むと強引にエレベーターに乗せてしまった。その床に、通路にシミを作りながら歩く。
「散らかってるけど、どうぞ。で、ちょっとここで待ってて。」
それだけ言うと唯史は玄関を開けてすぐのドアに消えて、
「これ、使って。」
手渡されたのは青で全面に花模様のプリントされたバスタオルだ。その上品な趣味に、三崎の存在を感じてしまって唯史としては少し辛いのだが根性で平気な顔をしておいた。
「シャワーはここだから。」
「なんか、悪いな。」
唯史としてはそこまで世話をかける気など無いのに。
「これで風邪でも引いたら俺の後味が悪いよ。」
その言い方をされてしまうと断るわけには行かない。体が冷え切っているのも本当の事だったので有り難く使わせて貰う事にした。