小説みたいな恋をして
袖に上がると、当然のごとく光紀は人垣に囲まれていた。その人並みをかき分けて、唯史は光紀の手を取る。
「人の彼女に、群がらないでくれるかな。」
わざと芝居がかって言うと、周囲は色めきだった。しかし唯史が誰なのかを知ると諦めたように手を引いていく。裏ミスの優勝者とミスターコンテストの優勝者はその日限りは恋人に扮する。そんな伝統があるからだ。
唯史がエスコートして歩き出すと、光紀は初めは少し恥ずかしそうに。それでもすぐに役にはまって寄り添ってくれた。
そうなるともう誰にも手出しできない。唯史はそれを伝統に負けたからだと思ったのだが、実際には手を出したくても出せなかったのだ。
フォーマルな格好をした二人が、あまりにも絵になりすぎていたから。
周囲の景色を切り取ってしまえばどう見てもどこかの夜会に行くようにしか見えなかった。
しかしどんな理由であれ光紀と恋人同士だと言えるなんて、唯史にとってそれは束の間の夢のようだった。そこに、
「済みません、新聞部ですけど写真お願いします。」
やってきたのは、意外にも見慣れた姿だった。
「蒲田。」
「ああ? なんだよお前、それ、新しい彼女。」
「ああ。」
真実に気づいていない蒲田に含み笑いで答える。
「今度は年上かよ、すっげぇ美女じゃん。ったくなんでお前ばっかりそうもてるんだろうな。それで? 裏ミスは何処だ? 俺お前らのツーショット取りに来たんだけど。」
同じ委員でしっかりと面識があるというのに蒲田はまだ光紀の正体には気付いていない。しかしそれも仕方のない事だろう。170p程しかない光紀は胸と腰の詰め物と相まってどう見ても完全なモデル体型。それに加えてこの美貌だ、これで男だと分かれというのは酷な話でしかない。しかし、
「ってお前コンテスト見てなかったのか。」
「ああ、忙しくってさ。それに見たらなんか雨下とか可哀相だろう。」
隣で、ぴくりと反応する気配が伝わってきた。
「いつも世話になってる身としてはさ、わざわざ恥をかいてる姿見に行くのも悪いじゃん。」
無遠慮な言葉に対して、光紀は婉然と極上の笑みを浮かべた。そんな光紀に見惚れてしまったのだろう、蒲田の顔はしっかりと赤い。そして唯史を小突きながら小声でいう。
「おい、長谷川、お前のもんでもいい。とにかく紹介しろよ。」
その言葉は、光紀にも届いていた。
「長谷川君の彼女で、雨下ヒカリといいます。」
女らしい声も出来るというのに、わざと地声で光紀が言う、蒲田の顔が一転して青くなった。でも、まだ信じられていないようだ。
「悪かったね、恥かきで。」
そういう台詞を言う時の光紀は凄腕の皮肉屋だ。
「雨下ァァッ?」
認識した途端、驚きの叫びを止められない蒲田だった。
「だから言っただろ、俺の彼女だって。」
文化祭最終日、ミスターの彼女と言えば裏ミスだ。唯史はここぞとばかりに光紀の肩を抱く。光紀もそれに応えてしまうからますますシャレにならない光景だった。
「その、ごめん。」
本人を前にしてあまりと言えばあまりの発言に、蒲田は素直に謝る
「いいよ、別に。」
それを笑って許せる光紀は、やはり寛容な性格だと思う。
「でも、雨下って眼鏡取ったら美人だったんだな。長谷川が羨ましい。」
「どんなでも雨下は雨下だろ。変わらない。」
「そりゃあそうだけどさ、普段からそんなんだったら絶対もてるぜ。どうしてコンタクトにしないんだ。」
「顔だけで軽々しく好きとか言われても嬉しくないし。そう言うの、飽きちゃったから。」
凄い台詞だがこの顔で言われてしまえば説得力がある。実際、中学までの光紀は常に取り巻きに囲まれた女王様だったのだ。内心ではそんな関係に疎外感を感じていたとしても。
光紀の父が書いたエピソードを、光紀が憧れを描いた小説を、知ってるから唯史にはそれが分かる。そう言う事を、意識させたくなくて、
「ほら、取るならさっさと撮れよ。」
「ああ、じゃあ二人で並んで目線くれるか。」
言葉と共に、カメラが構えられる。
「長谷川君、半歩後ろに引いてくれる。」
光紀の囁き通り動いた所でシャッターが切られる。
「もう一枚。」
そう言われる頃には唯史もしっかりと営業スマイルを取り繕う事が出来た。その写真の写りが異様なまでに完璧だったのはまた後の話で、
「じゃ、俺この後まだあるから。」
そう言って蒲田が行ってしまうと、二人きりになる。普段ならともかく、眩しすぎる光紀の姿に、唯史は柄にもなく何を話していいか分からなくなっていた。
「驚いた?」
そう、口火を切ったのは光紀だ。唯史が素直に頷くと。
「実はさ、母さんに結構仕込まれてるんだよね。」
光紀の口から直接家族の事を聞くのはこれが初めてだった。
「小さい頃なんて着せ替え人形で。」
光紀の家庭にも、確かに愛がある時期があったと言う事が唯史には嬉しかった。
「自分の子だからだよ。」
顔だけじゃない、それが愛しさの理由だと、光紀は気付いて居るんだろうか。そうではない事を、見開かれた目が物語る。
「本当、叶わないな。」
くすぐったそうに笑う光紀が可愛くて、唯史まで嬉しくなってくる。
それから、後夜祭が終わるまで二人は一緒に過ごした。
後夜祭では毎年恒例同性カップルのいちゃつきを密かに期待していた唯史だったのだが。光紀のあまりの見事な化けッぷりに逆にセクハラ禁止、などと押さえられてしまう。
それでも、好きで好きで仕方のない相手と、恋人で居られるのはとても、
幸福だった。