小説みたいな恋をして
文化祭二日目、空は今にも降り出しそうに重苦しい色をしていた。
しかしそんな事は唯史には関係ない、今居る講堂の控え室には窓一つ無いからだ。
初日のミスターコンテストでどういう訳か優勝を果たしてしまった為に今日は裏ミスの審査委員長をやらなければならないのだ。因みに初日のミスコン優勝者は二日目には裏ミスターの審査委員長を務める。後夜祭でカップルになるのはその優勝者だからその程度の自由はくれるらしい。唯史はそこにちょっとした役得を感じていた。
本来ならば女装コンテストのようなお祭り騒ぎはあまり好きではない唯史だが、今日だけは別だ。何とも意外な事に光紀が参加するのだ、それを間近に見られるのだから幸運と言ってもいいだろう。本当ならば是非ミスに選んで一夜限りでいいから彼の恋人を気取りたかったのだがそこは今朝の時点でくぎが差されている。曰く、「頼むから恥をかかせるような事はしないでくれ」
その光紀とは、相変わらずだった。
進展と言える物があるとしたら、それが当たり前になってきた事だろうか。
それでも、唯史の心は、前より少しだけ軽く、明るい気持ちの方が多くなっていた。
きっかけは、一編の小説。
テスト前日に届いたそれは、先日思いの丈を投げつけてしまった大好きな作家からの物で。自分に似た主人公の幸せな結末は、唯史に束の間の安寧を与えてくれた。こんな話は、あり得ないとは思いながらも酷く幸福で、添えられたメッセージは勇気をくれた。
だから、唯史は思い続けようと決めたのだ。
相手に恋人が居ても、決して叶わない思いでも光紀へのこの思いは大事に持ち続けよう、と。ハッピーエンドが期待できなくったって、無理をして諦める必要はきっと無い。
だから今は、光紀の傍に居られればその分嬉しい。
ノックがして、他の審査委員達が入ってきた。唯史以外は文化祭の実行委員や生徒会役員など、校内の有名人から事前に選ばれた5人である。ミスコンはやはり男の夢と言う事で表も裏も審査委員は全部男だ。
「なぁ、お前はどっちが勝つと思う。」
審査委員の勝俣が唯史に話しかけてくる。
「どっちがって、候補者十一人だろ。」
一応はそう言って置くが唯史も彼が言いたい事は十分に承知していた。裏ミスコンテストとはいえ要はお祭り騒ぎ、十一人居る候補者のうち半分以上は笑いを取る為に出場している。その中で本命と言われているのは二人きりだった。
一人は『学園のアイドル』と言われている一年の桧木、色素の薄い大きな目と零れるような明るい笑みが好感度ナンバー1だった。もう一人は同じ2年の米原で『図書室の小野小町』、清楚で儚げな正当は美少年である彼には男の隠れファンも多いという噂だった。
「分かってるくせに、で、長谷川はどっちが好みなんだ?」
唯史の正論を物ともせずに聞いてくる勝俣。彼の頭の中には光紀の存在など思いつきもしないだろう、でもそれも仕方のない事だった。眼鏡をかけていて地味な印象しかない光紀は、『セーラー服を着たメガネザル』というネタで笑いを取るのだろうと言う失礼な事まで言われる始末なのだ。
自分の好みなら間違いなく光紀だと思う唯史だったが、それを言うのも面倒で、
「今言ったら面白くないだろ。」
と、誤魔化しておいた。
「それもそうだよな。」
最終権限を持っている人間が事前に情報を漏らすのも結構面倒な事だ。それを理解してくれたのか、勝俣は他の審査員と大予想をしていた。そこに、
「長谷川君ッ」
勢いよく開いたドアから現れたのは津村だった。
「どうしたんですか、先輩。」
戸口まで歩いていくと、わしっと肩を掴まれる。
「雨下君見なかった。」
ただならぬ様子に体温が下がった気がした。
「雨下が、どうかしたんですか。」
「消えちゃったのよ、もう着替えも済ましてるって言うのに。ああ、もう。長谷川君も知らないなら何処なのよ。」
そんな津村の言葉を、途中からは背中で聞いて走る。理由の分からない焦りと不安が、胸から全身に広がっているようだった。
何も考えずに、一般客の居るロビーまで上がって。
「え、何。」
自分の姿に好奇の目が集まっているのに気が付いてやっと正気に戻った。そうなのだ、今の唯史は舞台用にと無理矢理タキシードを着せられている。そんなのが学園内にいたら、注目を集めるだけだろう。
しかしそれは、着替えを済ましたという光紀に関しても同じ事だった。
だとしたら、遠くに逃げているはずがない。唯史は慌てて踵を返して。
使っていない部屋。
押してみるがダメだ、鍵が掛かっている。
他に逃げ込める場所を考えて、一つだけ盲点がある事に気が付いた。