小説みたいな恋をして

 

 

 

 マンションに帰ると不在の間に荷物が届いていた。昨日出版社に行った時に三崎に頼んで置いた物なのだが、もう届いているとは。近場だと運送会社も頑張るらしい。電話をしたら偶然担当者が近くにいたらしくすぐに小包が届けられた。
中身は、手紙だ。
最近『他人の街』の第2版が出た事もあって持ち帰るには重すぎる数だったから送ってもらった。
早速包みを開けると、思い思いの綺麗な封筒が中から出てくる。しかし、こう言う時は逆にシンプルな物の方が目を引くものだ。無地の封筒を手に取った、結構重い。そこで、
「なん、で。」
そう呟いてしまったのは、宛名の文字が良く知っている物に酷似していたから。
慌てて裏を返して差出人を見る。
長谷川唯史。
そこには、あり得ないはずの名前があった。
ペーパーカッターを取り出す事もせずに封筒を開いた。
ノートと同じ、几帳面な字を目で追っていく。
初めはただのファンレターだった。それによると彼の姉は、あの水無月龍華であるらしい。住所も近かった名前も同じでよく似た弟がいるニ言っていたからもしかしたら、とは思ったがずっと否定していた。だってあの国道沿い本屋で本屋で会った時彼は、確かに数ある新刊の中で自分の物だけは買っていなかったからだ。
一目でいいから自分の本が買われていく所を見たいと張り込んでいたところで、あれは衝撃だった。おかげで唯史には当たってしまったし、重版の事を聞くまでずっと才能がないのだと落ち込んでいたというのに。でも龍華が唯史の姉だというならば一つだけ納得できる事があった。そもそも羽丘というキャラクターのモデルが唯史なのだ、だから似ていて当たり前。
それにしてもまさか彼から手紙を受け取るとは思わなかった、だってどう考えたって彼はノーマルで、こんな小説を読むような男ではないはずだ。しかし、
読み進めていくうちに、光紀は自分の体が震えているのに気が付いた。
酷く、寒い。
理由は簡単だった、そこにはあまりに重い真実が書かれていたからだ。
男に、失恋した、と。
指が震えて手紙を取り落としてしまう。
全く気が付かなかった。あの明るい唯史がそんなにも悩んでいたなんて。相談してくれない薄情を恨む気持ちもなくはなかったが、同時に身近な人間に話せる内容ではない事も分かっている。全く知らない、自分の好きな小説を書くような人間だからやっと語れた事だったのだろう。
手紙に小さなシミが出来た時、始め光紀にはそれがなんなのか分からなかった。
無意識に頬に手をやると、涙の痕が手に触れる。
それで初めて自分の中が抜け殻のようになって酷く悲しいのだと言う事に気が付いた。
唯史が、男に振られた。そして自分の前で笑っている内心は失意を抱えている。
もう一度、事実を整理すると、今度は怒りの感情が生まれてきた。
(なんで、そんな事。俺だったら絶対に。)
「え。」
自分の思考が信じられなくて驚きの声が萌える。
「だって相手は男なんだよ、いくら好きだって言ったって。」
それは友情の筈だ。
「あり得ない。」
自分なら決して唯史を袖にしたりしない等という考え。
「それじゃあ本当に僕がホモって言う事になるじゃないか。」
こんな小説を書いているくらいだから、許せないと言う程ではなかったが、自分はずっとノーマルだと信じてきた。
(でも、どうしようもない。)
そう、もう終わっているのだ、唯史の恋も、自分の恋も。
相手はクラスメイトで美人の彼女がいるという事だったが光紀には見当も付かなかった。そう顔が広いわけではないから、周りにいる人間以外のプライベートなんて知りようもない。
でもそれでよかったと思う。
もし知っていたら、きっと自分はその人に酷い態度を取ってしまうから。
自分が欲して手に入らないものをあっさり捨てる相手に、羨望と怒りを隠せる自信はない。
そんな事を考えて、自分の激情に初めて気が付いた。
でもどうせならばもっと早く気付けばよかったと思う、この手紙を受け取る前に、そうしたら
「でもダメだな。」
告白する勇気が、自分にあるとは到底思えなかった。
そこで、光紀は両手を思いきり頬に当てた、
パチンと小気味の酔い音がして少し痛い。
でも必要な事だった。
終わった事だと諦めて気持ちを切り替える。
今出来る事をしよう。
光紀は机に向かって、抽斗から便せんを取り出す。
何も出来ない自分だから、せめて天原雫として唯史にエールを送ろうと思ったのだ。
しかし出てくる言葉と言ったら陳腐で薄っぺらな物ばかり。慰めてみても、新しい恋を勧めてみても、その相手の事が好きだという気持ちは消える訳じゃない。本当に欲しいのは愚痴を聞いてくれる相手ではなく望む愛をくれる相手なのだ。でも、その相手以外の、例えば自分や憧れの作家に好きだと言われても唯史にはきっと意味のない事だろう。
自分だって唯史以外の男に求められても気持ちが悪いとか思えない。
光紀は自分の無力を噛みしめた。
新進気鋭の大型作家なんて言われても結局、好きな相手一人慰める事も出来ないのだ。
溜息を付いて、それからそんな重い気持ちを振り払うように顔を上げた。
「それ」が目に飛び込んだ時、不意に視界が開けた気がする。
光紀はパソコンを立ち上げた。そこに、自分に出来る事があった。
小説家の自分に出来る事、それは告白すら出来ない、恋の結末を描く事だ。
タイトルを打ち込んだ。
『例えばこんな結末』
小さな小さな物語だ。
恋人の居る相手を好きになってしまった羽丘が、文化祭の夕日の中で、屋上に行くとそこに思い人がいる。そして失恋したばかりの彼と結ばれるのだ。
都合の良すぎる展開も、物語なんだから許して欲しいと思う。きちんと結末を付けるならばここで羽丘は振られるべきだ。でも、物語の中でまで辛い現実なんてちょっと悲しすぎた。
プリントアウトの指示を出して、光紀は机に戻る。便せんにはこう書いた。
『お手紙有り難うございました。願わくば、貴方の恋にも幸あらん事を。』
それ以上の事は、何も書けなかった。辛い自分の事は書かないのは憧れてくれている相手へのちょっとしたプライドだ。
「馬鹿だよ、僕も。」
封をしながら呟いた。
その頃にはもう、空は白んでいた。

 

 

 

 

 

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