小説みたいな恋をして
『3番ホームに電車がまいります。危険ですから・・・・・』
取り澄ました女性のアナウンスが耳に触れた、それは何百回と繰り返してきたはずなのに、今は光紀の胸に寂寥感を運んでくる。
そこに、騒々しい足音が聞こえてきた。階段を慌てて書けてくる姿に、光紀の中から寂しさが消えていく。
「セーフ。」
そう言って少しだけ誇らしげに笑う顔はもう見慣れてしまった。
「おはよう。」
声をかけると、唯史は肩で息をしているまま何かを言おうとして。
でもその前に、滑り込んできた電車に、二人して飛び乗った。
「お疲れさま。」
「あー寝坊した。」
面白くなさそうな顔。親しくなるまでは自分にはない力強い笑顔に憧れていたけれどこんな風にくるくると変わる表情の方がよっぽど魅力的だ。その態度が、昨日と変わっていない事が嬉しかった。あの本を、読んでいないはずがないのに。だからだろうか、彼の前では遠慮せずに振る舞う事が出来る。だって
「寝癖、跳ねてるよ。」
そう言ってからかっても、唯史は怒って愛想を尽かしたりしないのだ。いつの間に、こんなに誰よりも、信頼できる友人になっていたのだろう。
このまま、卒業しても就職しても結婚しても友人でいられたらいいのに。そう思っているのに口にも出せないし何も出来ない天の邪鬼な自分が時々悔しい。
「そう言えば。」
と、唯史があまりにも何気なく話を始めたから、光紀も大した事じゃあないと高をくくっていたのだが。
「お前が休んでる間に、津村先輩が来て。」
出てきた名前に一瞬にして非常に嫌な予感がした。相変わらず意味の分からない事言って去っていったようなのだが、あるキーワードに光紀は悪い予感が当たった事を直感する。
あみだくじ。
それは文芸部における嫌な仕事の押し付け合いの方法だ。絶対に何か来る。
そう、覚悟はしていたのだが。
「絶対嫌です。」
学校に着くと早速津村が訪ねてきた。
「でも、お願い。」
津村は殊勝に頭を下げてくるが、それくらいで承諾できる程甘い話じゃあない。
「そんな恥ずかしい真似、死んでも嫌です。」
「大丈夫、雨下君なら恥ずかしくないわ。」
と、大まじめに太鼓判を押してくれるが全く嬉しくない。
「大体どうして俺がそんなもんに出なきゃなんないんですか。」
「だって優勝商品が文具券なんだもん、今年。それに、出場者探してくれたらソフトコピらせてくれるってアックンが」
アックンというのは津村の幼なじみで文化祭の実行委員長をしている。津村と長年付き合っているだけあって非常にパワフルな人物だ。今回も裏から手を回して是が非でも文化祭を盛り上げる気らしい。しかし、それに付き合ってやる義理は光紀にはなかった。
「先輩はそんな事の為に後輩を売るんですか。そんなに出たければ先輩が出ればいいでしょう。」
その瞬間、津村の顔が曇った。
「私じゃ、ダメなんだってさ。」
自嘲気味な口調に、普段は感じられない本気がにじみ出ている。
「裏ミスターに出るには無理のある顔だし。ミスコンに出てインパクトがある程でもないし。」
「津村先輩。」
津村は、少し悔しそうだった。いつも強気の先輩でも闘う前から諦めてしまう事もあるのだ。その位には、常識や、世間を知っている。しかし、
「と言うわけで、お願いね。って言うかこの終末のうちにエントリー登録解除期間過ぎちゃってるし」
そんな鮮やかな変わり身、やっぱり津村は津村なのである。それだけ言い残すと、光紀が甘い顔をしているうちにさっさと走り去ってしまった。こうなってくると金曜に光紀が出てきている事に気付いていなかったから今更になってしまったという話も本当かどうか怪しい。絶対キャンセル期間に間に合わないように画策したのに違いない。
光紀は溜息を付いた。
ミスコンに出たくないのは恥をかくからではない。
似合う自分と、その事によって変わるかもしれない周りの目が怖いのだ。
こうなったら、当日に何とか脱走するしかない。結局流される程お人好しではない光紀だった。