小説みたいな恋をして

 

 

 

ホームに求める人影を見つけて、自然と唯史の足は速くなる。
「おはよう。」
顔を合わせるのは3日ぶりだというのに、光紀の態度はいつもと何ら変わる事はなかった。まぁ、友人としてみればそれは普通の事なのだろうが。
「雨下、もう、風邪は平気なのか。」
「うん、何とかね。」
そこで会話が途切れて、電車を待つ事になった。今日はとうとう夢にまで見てしまった罪悪感に、どうも光紀の顔がまともに見られない唯史である。
それでも、黙って外を見ている光紀の顔を見ているとどうでもいい事ばかり考えてしまって、断ち切る為に話題を探す羽目になる。
「そう言えば、ノート。」
「え、」
「休んでた間のノートがあるから、写すか。」
本当は一昨日の時点でコピーを取っていたのだがそれは苛立ちに任せて捨ててしまっている。
「いいの。」
唯史を見る光紀の目はキラキラと期待が満ちている、そのあまりの可愛さに唯史は胸の高鳴りが押さえられなかった。
取り敢えず相性もあるからとノートを見せると、光紀は破顔して、
「なんか、自分で取るより却っていいかも。」
些細な賞賛、そんな事に一喜一憂して、自分でも馬鹿だと思う。どうやら自分は本当に恋に盲目な男に成り下がってしまったらしい。それでもそう言った感動があると言う事が喜びだった。
「あのさ、」
光紀は胸に抱えた鞄を探りながらそう言った。唯史が視線を向けると一冊の本を手渡してくれる。
「これ、前に読みたいって言ってたよね。」
それは、光紀の父親が書いたあの本だった。光紀だって目は通しているのだからそこに自分と家族の過去が書いてあるのは知っているはずだ。
それを、渡してくれた。
「ありがとう。」
嬉しくて、本当に心からその言葉を口にする。
「大袈裟だよ。でも本当にかなり面白くないよ、それ。それでも良かったら、ノートのお礼にあげるよ。」
信じられなかった。
「いいのか。」
だってこの本は光紀の過去なのだ、それをくれるなんて。
「うん、どうせもう読む事もないだろうし。」
そう言う光紀の表情は決してこの本に打ちのめされていない事を物語っていた。穏やかで、綺麗で。
「でも、大事な本なんじゃ。」
「特別なだけなんだ、それ書いたの、俺の父親だから。ほら、付いたぞ。授業前にこれコピーしたいから、早く行こう。」
いつも通りの当たり障りのない笑顔、その、内心が読めない。
しかしこれをくれると言う事は、それだけ信頼されていると自惚れていいんだろうか。
すぐにでもこんな物を読んでも自分の光紀に対する気持ちは変わらないと伝えたかった。でも、それをするには陰でこの本を買った事を曝露しなければならなくて。
奥歯を噛みしめて、唯史は言葉を飲み込んでいた。
そして夜になった今、唯史は苛々と電話の子機を見つめている。
明日は休みで、でも少しでも早くこの気持ちを伝えたい。そう思って光紀の家の番号はもう控えているというのに姉が電話を占領してしまっているのだ。
外線ランプが消える。どうやら姉の電話は終わったらしい。
唯史は一瞬を惜しんでナンバーを押した。
『もしもし、』
電話に出た明るい声は心なしか高くて、ともすれば女の声にも聞こえる。それでも三崎と言うよりは光紀の声に近かった。
『あ、ファクスはそのまま送信して貰えればいいんで。お願いします。』
いきなりそう言われて、電話を切られた。どうやら光紀は自分を他の誰かと間違えているらしい。それとも新手の嫌がらせなんだろうか。
(いや、俺は一言もしゃべってないわけだし)
と、すぐに可能性を否定するがそうなってくる時になるのは相手の事だ。高めではきはきとした話し方は、普段の光紀らしくない。そして可愛い。
もしかして、三崎と間違えたのだろうか。
三崎はいつも唯史が知らない光紀の姿を見ているのだろうか。
それなのに、自分があのマンションに行った事すら光紀は知らないようだったし。
一番のくせにまだ光紀を独占したがる三崎が憎かった。
でも恨んでも憎んでも、結局変わらない現実に
また、胸が苦しかった。


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