小説みたいな恋をして

 

さてその頃、光紀のマンションでは。
「終わったー。」
二人が手を取り合って喜びを噛みしめていた。どちらもうボロボロで、目の下の隈はくっきりと濃い。
「それじゃ、私、これを届けてくるわね。」
今し方最終チェックを終えたばかりの紙束を茶封筒に入れて三崎は家を飛び出した。それを見送る間も惜しんで、光紀はベッドに倒れ込む。
実を言うとこの三日間殆ど寝ていないのだ、しかしそれが悪かったのか気が高ぶってしまって眠りは訪れそうになかった。
寝返りを打つとベッドの下にまで没稿が転がっている。見るのも嫌で光紀はそれを丸めてゴミ箱に投げる、うまく入ったのが気持ちよかった。
眠いし辛いけれど、達成感だけは清々しい。
思えば地獄のような3日間だった、食事など最低限の生活時間はずっとパソコンに向かっていた。こんな事の為に学校を休んでしまったのは本末転倒だとすら思う。しかしこれは仕事なのだ、そして、母親が養育費を流用している限り働かなければ生きていけない。
それにしても、自分でもよくこんな仕事をしていると思う。
男が、
男同士の恋愛小説を書くなんて。
きっかけは去年の文化祭だった。先輩に言われて冗談で書いてみた所謂ボーイズラブ小説は想像を遙かに超える反響で。それまでけなされるばかりだったのもあって、つい調子に乗ってしまった。
雑誌に投稿して、賞こそ取れなかったものの三崎の目に止まった。
ベッドシーンさえ省略しなければ入賞は間違いなかったと言われて、
初めは迷った。
それでも大好きな小説でそこまで強く求められたのは初めてで三崎に言われるまま書き直して出版社に原稿を持ち込んだ。
それが雑誌に掲載されて、謝礼を貰って。その先の事なんて何も考えていなかった。
文庫化の話が来た時、初めて現実が見えてきた。それは丁度母が他の男に貢ぎ始めた時期で。
この手を取れば生活に困らない、そして夢だった小説家になれる。
そう思ったら頷いていた。
ペンネームは自分の名前から取った。雨下という名字は縮めれば雫、光という字から連想した言葉は高天の原で。
天原雫、としてみた。
大それた野望なんて無くて、ただ卒業まで生活していけるお金が稼げれば良かった。やっぱり同性愛をテーマとした恋愛というのは現実的に抵抗がないわけでもないし、作品に手を抜く事はなかったけれど足かけのつもりがあったから。
それが今や特集だ、漫画化だ、と、事が大きくなりすぎて正直困惑もある。しかしファンレターなどに綴られた感想を見ると、同じ不安を共有できた気がして嬉しくなった。多分その頃から作家としての意地が出来てきたのだろう。
今回も、こんなに酷い修羅場をとうとう乗り切ってしまった。
思い起こすのも恐ろしい三日前、光紀は電話で初めて知ったのだ。一二月号で、他の作家さんが倒れた穴埋めに、急遽自分の特集が組まれる事になったという事実を。
そしてその原稿の締め切りが今日である事を。
今まで優等生な入稿をしていたのが裏目に出た、編集の三崎もすっかり伝えたものだと思い込んで進行状況の確認を取らなかったのだ。
言われてから探すと、丸まったファックス用紙が机の裏に落ちていた。その後に宜しくと受けた電話についてはすっかり漫画の際の原作の話だと思い込んでしまっていて。
不幸な事故だった、と言うにもの悲惨すぎる事故だった。
最終締め切りは何とか延ばせるとの話だったがそれは丁度テスト期間で更に12月発売の文庫の締め切りと重なっている。
流石に無理だと悟って自主缶詰を志願した。
本当はホテルなどに詰めるべきなのだが一人暮らしで物もない家だからと自宅でひたすらパソコンに向かう。しかしそれが出来たのも三崎がいたからだ。責任を感じた三崎は他の仕事がない間はずっと付きっきりで面倒を見てくれていた。
彼女は「寝るな」「休むな」と言ったけれど「急げ」とだけは言わなくて、それが嬉しかった。自分の作品を愛してくれているのが伝わってくるから暖かい気持ちになれる。
そうして今日、何とか満足のいく短編を仕上げる事が出来たのだ。
今はもう、眠る事を許されている、明日には平和な日常に戻れる。
静かに目を閉じていると、光紀はいつしか眠りの中に落ちる事が出来た。

 

 

 

 

 

|PREV|NEXT|