小説みたいな恋をして
一夜明けて、唯史はいつもより早い時間に目を覚ました。
いろいろ考えてしまった所為でなかなか寝付けず寝不足気味である、しかし短時間とはいえ睡眠は唯史に冷静な心を取り戻させてくれた。
よく考えたら光紀がこの本を買ったのは随分前なのだ、謝るにしても時期が遅すぎる。
それに。
あの時確かに光紀は笑ったのだ。
今ならその意味が分かる。
光紀は現実を受け止める覚悟をして、そしてその後悔はもう乗り越えている。
電車の中で話したのは津村達の依頼に対する話だったけれどそれは両親の離婚にも繋がっていたのだ。何かをする事は自分の意志だけれどもそれによって起こる結果は自分だけの責任じゃない。離婚のきっかけは光紀であってもそれを止めなかったのは両親なのだと。
だからあの時光紀は笑ったのだろうし、津村達の依頼も受ける事にしたのだろう。あくまで唯史の想像ではないが、当たっていてくれたらいいと思う。
人の意見から自分を進化させられる光紀が、本当に好きだと思った。
変かもしれないけれど、朝だけれど、この新しい気持ちで光紀に会いたい。だから、ノートのコピーを届けるという名目で登校前に彼の家に行く事にした。
一目見られればいいから7時に家を出る。
以前に調べて置いたのだが唯史の家から光紀の家までは自転車だと十分程で着く。そうして、小綺麗なマンションの前に立った。オートロックではなかったから直接エレベーターで3階まで上がる。少し奥まった所にある、303号室が光紀の住所だ。
大きく深呼吸をしてインターフォンを押した
『・・・はい、ど』
「はいぃ、どちら様ですか。」
マイク越しの光紀の声を遮ってドアは勢いよく開かれた。
現れたのはなんと三崎で、しかし今日に限ってはいつもと様子が違う。外では小綺麗にしている髪は乱れていて化粧も半分はげている、何よりその顔色は、明らかに眠っていない事を示していた。
何というか、あからさまと言うか。
「光紀君に何か用?」
三崎は疲れたように言う、こちらの名前を聞かないのは一応は唯史の事を認識していてくれているからだろう。
「いえ、あの学校のノートを持ってきたんですけど。」
気圧されてしまってどうも声が小さくなってしまう。
「悪いけど今、取り込み中だから。今度来て。」
それだけ言うと、三崎はバタンとドアを閉めてしまった。呆然としてその場に立ちつくす唯史。
一体あれは何だったのだろう。
強引で突拍子もない行動は姉で慣れているはずだったが流石にこれには唯史もどうしていいか迷う。だが何となく追い返されたのが悔しくてもう一度インターフォンに手を伸ばすと。
『何だったの』
『新聞の勧誘よ、光紀君は気にしなくていいの。そんな事より早く続きやりましょ』
中の会話が聞こえてュる。どうやら受話器がきちんと置かれていないようだ。
これは幸い、と唯史はインターフォンに耳を近づけた。
『でも』
『四の五の言わない。やらないんだったら本当にホテル行くわよ』
『わ、分かったよ』
『本当家だと不便よね、道具とかも微妙にないし』
『ごめん』
『謝るなら早くして。アラ、内線ランプ着いたままよ・・・ガチャ』
ショックに、唯史はその場から逃げ出していた。玄関のエントランスに止めてある自転車の鍵をはめる手もおぼつかない。
確かに、恋人同士なのだからそう言う関係に進んでいても仕方がないとは思うし。自分だって前にいた彼女とはそう言う事をしていたのだから光紀にどうこう言う事など出来ない。
それでも、生々しい会話は衝撃的で。
学校に着いても家に帰っても、胸の重さは変わらなかった。
初めから分かっていた事なのに、片思いはやっぱり辛すぎる。
どうして、昔のように安易な女の子との恋に興じられないのだろう。
昔の自分を思い出そうと、前の彼女の快楽を思い起こしてみるけれど最早欠片の欲望も涌いてこない。
代わりに、今朝の会話が頭に蘇ってきて嫉妬に頭がくらくらしそうになった。見ていない分妄想は膨らみ夜も眠らず抱き合う二人の映像まで想像してう。そして、
想像の中の光紀に、欲情した。
滑らかな白い肌、潤むような黒い瞳。柔らかそうな唇。
二人の関係をより知ってしまった事は自分の激しい渇望を呼び覚ますだけだった。片思いだと諦めていた光紀への肉体的な欲望が、一気に吹き出した。
一度では足りない程に自慰を重ねた後。
込み上げてきた空しさに、涙が零れそうになる。
辛い本気の恋に落ちてしまった自身を恨みながら、これだけの激しい思いを持てた事が嬉しい自分がいる。
きっと、これが自分の求めていた恋。
幸せではなくても、本物の恋。
そう思ったら全てが愛おしくなって誰かにこの想いを伝えたくなる。
だが冷静に考えてそんな事が出来るはずがなかった、だって相手は男でこれは非難されるべき思いなのだ。
そんな時、あの本の存在を思いだした。
本棚の奥にそっと隠している男同士の恋愛小説。『あとがき』には手紙で色々な話を聞かせて欲しいと書いてあった。
この人に、手紙を出してみようか。
そうしよう。
こんなに心に響くストーリーを書く人に、思いを聞いて欲しいと思う。いや、それよりも、『絶対ホモになるはずがない』と言い切ったキャラに似ていると言われる自分がこんなにも同姓に引かれている事実を伝えたい。
それは決めつけられた事への反発でもあったのかもしれない。
それでも唯史は、筆を執ってその手紙を書いたのである。