小説みたいな恋をして
「青木。・・・・雨下。・・・雨下・・・雨下は居ないのか。」
担任の声に応答はなかった。
「今日も欠席か」
そんな短いコメントで担任は出席をとり続けていく。こう言う時に出席番号の早い奴は不利だ、不在が余計に目立ってしまう。
光紀が学校を休んで、二日目の朝だった。病欠ならば珍しい事ではないのだが二日目にもなると不在の寂しさは募るばかりとなる。
唯史は溜息を付いていつも光紀が座っている窓際の席を眺めた。
会えないだけでこんなに気分が沈んでしまうなんて相当な重症だ。
授業にもちゃんと出ているし、傍目には何ら変わって見えないのだが頭の中には光紀の事しかない。
一人暮らしなのだからきっと心細いに違いないと思う。
見舞いに行きたい気持ちが募ったがそこに三崎が居るかもしれないと思うと挫けてしまって。昨日は悶々と過ごした。
でももし居なかったら?
そう思ってしまったらもう我慢できなかった。今日こそ行こうと駅まで自転車を持ってきている。
そして放課後、見舞い品を買おうと入った本屋で唯史は見つけた。
見覚えのある新書は光紀に貸して欲しいと頼んでいった物だ。余程特別な本らしく考えさせてくれと言われていた。
勝手に読んだら気を悪くするだろうか。
それでも気になってその本を手に取ってみた、取り敢えず著者紹介を見てみる。そこで唯史は初めてこの著者の名前が『モトキ』だと言う事に気が付いた『コウキ』とどこか音が似ている。略歴には離婚して妻の元に引き取られた一児ありとなっていた。
そう言えば蒲田は、光紀の親が文筆活動をしている言ってはいなかっただろうか。
あまりにも合いすぎる符号に衝動的にその本を買っていた。鞄に入れたまま光紀のところに行く気にはなれなくて逃げるようにして家に帰る。
自室に閉じこもって、目の前に本を置いた。
もしこの著者が本当に光紀の父親なのだとしたら読まれてあまりいい気がするものではないだろう。ここには多分光紀の事も書いてあるはずだから。
秘密を暴かれる事を何よりも恐れている光紀。
それを尊重するのならきっと、これは読まない方がいいのだろう。
いつか光紀からこの本を貸してくれると言われるまで待つべきなのだろう。
だから唯史はそれを抽斗にしまって置いた。
けれど恋は男を狂わせる。決意なんて紙切れ同然だ。
夕食後にはもう誘惑に負けてページを開いてしまった。
知性的と言えば聞こえはいいが難解な表現は読みにくい、とても光紀の父親だとは思えない文章だった。しかしその内容は唯史の想像を肯定している。
その人は確かに光紀の父親で、光紀を捨てた人だった。
作品の中で、父は平凡すぎる息子を離婚の原因になったと言っていた。育て方を間違えてしまった自分達夫婦の可哀相な失敗作だと。その同じ轍(てつ)を踏まない為にもこれからの夫婦はお互いに話し合いより良い教育をする事が必要だと説いているのだ、そしてその共同作業が愛を育むと。それは若い夫婦への反面教師的アドバイスなのかもしれない。けれどこれでは光紀があまりにも可哀相だ。
挫折して、半分位しか読めなかったがそれでも目の当たりにする現実に唯史は怒りを覚える事しかできなかった。
そしてそこから浮かび上がってくる光紀の姿に、以前に書かれたあのつまらない小説の意味を知る。『happy diary』は光紀自身の憧れなのだ。主人公に自分の名前を付けて自分がなりたかった姿を延々と描く。
平凡で時々喧嘩をするけれど愛情のある両親。対等にふざけ会える友達。目立つことなく普通に受け入れて貰える自分。
それを持っている人間からすれば当たり前すぎるそれらは、光紀にとっては永遠の憧れだった。
今は誰よりも普通の少年として生きている光紀。しかし裏を知ってしまえばそれは虚勢で無理に支えている物なのだ。たとえ対等につき合えたとしても、その友達は自分の本質を見てくれているわけではない。そんな不安をずっと抱えてるんじゃないか。そんな気が、した。
無性に光紀に会いたくなった、抱きしめたくなった。
「愛している」と伝えたくなった。
だって誰もが光紀に愛情を注いでやらなかったのだ。自分の所為で両親が離婚したと言われて嬉しいと思う人間などいる分けない。光紀の手にこの本を取らせた者の責任として、会ってお前は悪くないと言ってやりたかった。
しかし時計は深夜を指している
訪ねるにもは遅すぎるし電話でこの想いが伝えられるとは思えない。
明日の朝一で光紀の家に行く。
そう心に来えて唯史は床についた。