小説みたいな恋をして
そう、それはあの日曜日に光紀と一緒に居た「ミサキ」だ。光紀の彼女がどうして家に来ていて、しかもあの姉と話などしているのだろう。
頭の中が混乱して疑問符しか出てこない、取り敢えず気持ちを落ち着けようと2階の自室に向う。すると、
「あら唯史、お帰りなさい。」
今まさに二人にお茶を持っていこうとする母に出会う。
天の啓示だと思ってその役を引き受けた、珍しい唯史の行動に、母は何を誤解したのか。
「お姉ちゃんのお仕事のお客さんなんだから失礼だけはダメよ。」
どうやら唯史があの女に一目惚れでもしたのかと思っているらしい。確かにそれだけのいい女なのだ、悔しい事に。
訂正する方が面倒だったから何も言わずに階段に鞄を置いて居間に向かう。
ノックをして入ると、二人の視線が自分に集中するのが分かった。「どうぞ、」と愛想笑いでカップを並べると、美人の目が見開かれる。
「これが、さっき言ってた弟の唯史です。」
「やだ、本当に似てるんですね。」
どうやら自分の居ない所で話の種にされていたらしい、
「始めまして、いつも姉がお世話になっています。姉さん、この人は?」
すでに習性となってしまった女性用の笑顔で言って、姉に紹介を迫る。
「あ、こちらは山本出版編集部の三崎小百合さん。」
「始めまして、三崎です。」
三崎というのが名字だったのを知って何となく安心する。しかし山本出版と言えば業界では結構な大手だし、出版業が人気の職業だと言う事ぐらい唯史にも分かっている。そこに勤めているくらいなのだから相当に優秀な女性なのだろう。外見も内面も一流で、人当たりもいい、会ってみると改めて自分の恋の可能性の低さを知らされるばかりだった。
こんな人が相手では光紀も別れようなどと言う気にはならないだろう。
「編集さんなんですか。姉の事よろしくお願いします。ところで似てるって、もしかして三崎さんの彼氏か何かですか、だとしたら光栄だな。」
それでも、年下の特権である無邪気な笑顔でかまをかけると三崎は吹き出した。
「ダメ、似すぎ。」
それが少し解せない、どう考えても自分と光紀は似ていないと思うし光紀がこんな気障な事を言うとも思えない。訳の分からない顔をしていると、姉がその疑問を解いてくれた。
「こないだ話したでしょ、『他人の街』の羽丘君。三崎さんはね、なんとあの天原先生の担当なの。」
「え。」
予想もしていなかった展開だった。
「そんな人が何で?」
唯史がそれを聞く頃には三崎はいつもの落ち着きを取り戻していて、
「今度雑誌で天原先生の特集を組むんです。それで、出来ればその次の号から人気作品の漫画化をしようと思っていたんですが。」
「元のイラストレーターの人が忙しくって、それで先生のお家で私の送った漫画を見て私なんかに声をかけてくれたんですって。すっごいって言うか十億分の一位に珍しい事なのよ。」
姉は舞い上がらんばかりに嬉しそうにだったが三崎の手前例のハイテンションを発揮するのは押さえているらしい。
「そんな、水無月先生に頼みたいって仰ったのは天原先生の方なんですよ。絵柄や画面が気に入って、自分の作品を分かってくれてっるのが感じられるからって。それにそういう無理が通ったのも水無月先生に実績があったから何です。もっと自信を持ってください。」
素人の作品を素直に評価できる当たり天原は人間が出来ていると思った。特集を組まれる程の人気があるのに、その謙虚さがいいと思う。そう思うと興味がわいてきて、
「そんなに似てるんですか?」
「もう、そっくり、漫画を描く時にもあんたをモデルにしちゃったくらい。」
「あ、やっぱりそうですよね。弟さんの顔を見てもしかしたらって思ってたんですよ。水無月先生のお手紙を見て先生も似てるって仰ってたんですよ。」
「何処が、ですか。」
そこまで言われてしまう時になってしかたがない、すると三崎はにっこりと笑って答えた。
「絶対ホモになりそうもないようなところ、ですって。」
まさにカウンターパンチだった、まさか現在進行形で男に恋をしている時にライバルからそんな事を言われるとは思わなかった。
「そうなんですか?」
「ええ、とても人気のあるキャラクターだったから彼のお話を書いたらどうですかって私も言ったんですよ。そしたら羽丘は絶対ホモにだけはならないようなキャラだって力説されちゃって。」
「ええ、私も勿体ないけどうちの弟はそうなんだってお手紙書いたんですよ。でも写真送るつもりだったところに三崎さんからお話をいただいて、結局まだ送ってないんですよね。」
随分と盛り上がってしまう女二人、もう付いて行けそうもなくて唯史は部屋を出ようとした。
「あ、待って。」
そこで呼び止めたのは三崎の方だ。
「なんかごめんなさいね、知らない話で盛り上がっちゃって、そう言うの気分良くないですよね。だから宜しかったら、これ。」
差し出されたのは薄い文庫本、以前に買いに行かされた『他人の街』だった。唯史がなかなかそれに手を出さないで居ると、
「あ、やだごめんなさい。普通男の子はこんなの読まないわよね。知ってる子でこういう話も平気な子が居たから、つい。」
と言って本気で謝ってくれる、少なくとも常識はあるようだ。
ボーイズラブ小説というものに唯史は抵抗があった、しかし気になるというのも事実で。
「折角だからいただいていいですか。」
取り敢えず本だけは受け取って自室に戻った、そして・・・・・。
その日は結局何も出来なかった。
食後に読んだ小説があまりにも鮮烈に胸を突いて。主人公達の幸福な結末が嬉しくて取るものも手に付かない。
理想に描いていた恋の形が、そこにあった。
田舎から出てきた少年と周り全てが他人で占められた東京で育った少年。その二人が何かを求め、見つけ結ばれている様子が鮮鋭にそれで居てリアリティを持って描かれている。警戒していたベッドシーンも言葉少なにぼかして書いてあって全く不快ではなかった。ただ二人の間にある暖かくも強い絆の強さだけが切なく心を揺らしてくれる。
小説に、ここまで感動したのは初めてだった。
そして、自分がしている道ならぬ恋も、こんな風に結ばれればいいのにと途方もない幻想に、胸が痛かった。