小説みたいな恋をして

 

 



(本当に、つまらない)
それが光紀の書いたという小説を読んだ第一の感想だった。
去年の春発行されたという文芸部誌、早速目次を見ると『happy diary・雨下光紀』とある。期待した通り小説のコーナーに分類しされていたそれはなんと30ページに及ぶ中編で。唯史としては内心期待もいていたのだ、実際、流れるような文章は読みやすくて一気に読み切ってしまった。
しかし読み終わった後、実感したのは光紀の言葉の正しさだけなのである。

その話は、それほどにも面白味に欠けているのだ。

内容は単純で「小林君」と言う中三の男の子の日常がひたすら綴られているだけ。その日常というのもあまりに平凡でそれこそ誰かの日記を三人称に直しただけなのではないかと疑ってしまう。
学校に行って友達と冗談を言い合って家に帰って親と他愛もない話をする。一応卒業式にヤマを持っていたようだがそれも女の子とキスして第二ボタンを渡すというあまりにもべたな展開で。その後の謝恩会での親とのやり取りも普通すぎて面白くない。
本当に一体どうすればこんなにつまらない話が書こうという気になるのか、いっそ聞いてみたくなるようなは内容だった。光紀が自分には才能が無いという意味がよく分かる。
とは言うもののプロではないのだからこれだけの長さを全く破綻無く書ききっているだけでも凄いのかもしれない。
しかし初めての小説で自信をなくしたのか後の2冊には小説は載っていなかった。流石にこれでは周りもお世辞一つ言えなかったに違いない。そんな風にして夢を諦めなければならなくなったのだとしたらそれは酷く悲しい事だ。
が、皮肉にも他の2冊に載っていた評論文はあの新聞のコラムと同じく寛容的な見解で読んでいて心地よかった。

 

(いいなぁ)

 

小説は確かに下手だけど、この評論を読んで唯史は光紀という人間がますます好きになってしまう。
その実感を認めてしまうと、自分の張っていた意地が虚しくなってきた。
相手のアラを探して嫌いになろうなんて、なんて無駄な事をしていたんだろう。そう言う事を考えている時点で、どうしようもないくらい相手に惹かれている自分が居るのだ。
「ほんっと。俺って馬鹿。」
口に出して言うと馬鹿馬鹿しいしいのを通り越して可笑しくなってきた。

 

好きだという気持ちを認めただけでこんなにも明るくて幸せな気分になれる。

 

相手は男で、彼女だってちゃんと居ると知っているけれど。それでも、同性だからこそ友達として横にいる事は出来るのだ。
あの顔を見て、自分の言葉を聞いて貰って、そして時々でも今日見たような笑顔が見られるとしたら。
考えただけで心の中が満たされているのが分かる。

今、自分は恋をしている。

そんな確かな実感を生まれて初めて感じた。恋人は何人も居たし、好きだと思った相手もその中には居たがこんな充足感は初めてだ。

胸が、ドキドキしてくる。

唯史は心を決めた。

せめて親友になろうと、

今よりもっと光紀に近づきたいその気持ちを肯定してやろうと。

 

 

しかし現実問題きっかけというものは難しい。強引に話しかけるという手もあるがそう言うのは光紀も不本意だろうと思うし、何より友情を越えているこの感情に気が付かれてしまう恐れがある。
何とか方法がないかと考えていると、
「唯史、居る?」
この声は母ではなく姉だ、しかも随分と上機嫌である。嫌な予感が、脳裏を走った。
「居るけど、何?」
せっかくの作戦タイムを邪魔されたのだ、少しぐらい不機嫌に対応しても罰は当たらないだろう。朋子は弟の振る舞いなど気にも止とめずに不気味なまでに笑顔だった。
「写真頂戴。」
すぅっと右手が差し出される。
「はぁ?」
「唯史の写真。」
いつもの事ながら唐突な姉である。
「そんな物何に使うんだよ。」
聞いた瞬間、朋子の中で何かがはじけたらしい、しゃべくりモードが炸裂する。
「送るの、天原先生に。前ファンレターであんたが脇キャラの羽丘君に似てるって言ったらね是非その写真が見たいって。それでね、でね、でね。なんと同封した『他人の街』の漫画バージョン、面白いって言ってくれたの(歓喜)。もしかしてプロの方ですかだって。きゃー、もう、どうしよう。」
相変わらず聞いているだけで疲れてしまうようなハイテンションぶりだった。しかしその言葉にいくつかの謎が解ける。だから最近部屋に閉じこもってばかり居たのか、まさかこんな時期にそんな漫画を書いていたとは。
朋子はプロと言う程ではないが商業誌のゲームコミックにヘ何度か掲載されて居るので全くの素人というわけでもない。同じ苦労をするくらいなら本にして売れる話を書いた方が得だと思ってしまうのは唯史だけだろうか。
「分かった、探しておく。」
素直にそう言ってこの場を切り抜けるのはこの状態になった姉に付き合いたくはないからだ。写真くらい、別に自分の顔が嫌いな訳じゃあないから送られたって困る事はない。それを渡して姉の機嫌が取れるのならお安いご用なのである。
「どのくらいかかるの?」
「明日までには。」
「えー、私明日の朝はいつもっより速い電車に乗らなきゃいけないから唯史に会えないのにぃ。」
どうやら姉はすぐにでもまた手紙を書いてファンレターを送りたいらしい。相手はたかがホモ作家だというのに大した熱の上げようだ。
「分かった、出窓のとこ置いておくよ。」
「ありがとう、愛してるからね、唯史。」
満面の笑顔で飛び上がってみせると、姉は嵐のように去っていった。ああいう生き方をしていて疲れないんだろうか。
しかし姉とのやりとりは唯史に一つのヒントをくれた。

これで明日は光紀と話す事が出来る。

そう、感謝しながら、唯史はアルバムを捲ったのだった。

 

 


 

 

 

 

 

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