小説みたいな恋をして

 

 


肩を並べて、駅まで歩いた。それなりに伝統のある高校なので駅からの距離は徒歩で10分程。
その間、ずっと先生の悪口だとかそんな他愛もない話で沈黙を埋めていた。
それは極日常的な行為だった、しかし唯史はどうしても会話に集中する事が出来ない。津村の存在が気になっていたのだ。ああいったタイプは要求を飲むまで相手のプライベートを侵害し続ける。
ホームに上がった所で、唯史はとうとう口火を切った。
「なぁ、津村先輩の言ってた事、受けるわけには行かないのか。」
光紀はそれまでの表情を曇らせて俯いてしまう。
「無理、なんだ。」
苦い物でもはき出すかのような言い方だった。
「でも、断っている限りあのままだぞ。」
「・・・・・分かってる。」
そんな自分自身に不満を感じてもいるのだろう、光紀は決して唯史の顔を見ない。まるで唯史が津村であるかのように。
その表情に唯史は何となく分かってしまった、光紀の中にある迷う心に。
光紀が何を強要されて、どうして悩ん迷わなければならないのか。
知らないから唯史は何も言えない、知りたいけれど光紀が極端にプライベートを隠したがる事を知っているからそんな事出来ない。
望んでいるのは光紀がこの憂い顔から解放される事なのだ、津村との事を何とかしてやれトも自分が彼を傷つけたのでは意味がない。
沈黙を破るかのように、日常的に聞いている駅のアナウンスが流れる。
しかし二人で肩を並べる通学路は何故か非日常的な気がした。
時間帯の所為でそれなりに混んでいる各駅停車に乗り込んで、向かいの扉に二人で立つ。お互いに言葉を見つけられなかったから、ただ夕焼けの街を見ていた。
「なぁ。」
視線を外に向けたまま唯史は言葉を口にする。
「本当に、やりたくないのか?」
主語のない文章、通じてしまうのはそれが光紀の心で一番大きな場所を占めていたからだ。
返事が返らないまま次の駅に着いた、唯史も何も言わない。
また、駅が近づいた。アナウンスが流れて、
「・・・いい話だと思うよ。」
放送にかき消されそうな小さな声だった、それでもそれはしっかりと唯史の耳に届いたから。
「じゃあ、やれよ。」
強気な笑顔で光紀に向き直る。何の事なのかは全く知らなかったがやりたいという気持ちがあるのなら一歩踏み出してみるべきだ。その背中を、押してやりたかった。しかし、
「無理だよ。」
返ってきたのは先ほどと同じ台詞、それでも心の傾きが変わったのはその表情から見て取れる。
「どうして?」
「出来ない。」
「でも津村先輩は出来るって信じてくれトるだろ?」
本当に絶対に出来ないのなら迷う事など無いはずだ。案の定
「時間もない。」
そちらの方が問題のようだった。
「本当に?」
なかなかこちらを見ようとしない光紀の顔を覗き込んで、無理矢理目を合わせる。睨み合いが続いた、しかし迷いのある人間が勝てるはずもない。
「自信が、無いんだ。」
これ以上俯く事も出来ない光紀は、とうとう目を閉じてしまった。
「やるって言って間に合わなかったら、先輩達に迷惑が掛かる。」 
やっと、本音が聞けた気がした。それと共に無性に腹が立ってくる。
「失礼な奴だな。」
予想だにしなかった言葉に光紀の目が開かれた、目の前には唯史の自信に溢れた顔が待っている。
「何でだよっ。」
断定的な言い方には反発せずには居られない性格なのである。キッと唯史を睨み付けて光紀は語気荒く問うた。
「雨下がだよ、お前、それは先輩達に失礼だぞ。」
「どうして。」
強気な態度、まだ唯史の言いたい事が理解できないらしい。
「だって全然信じてない。お前が間に合わなかったらそれはお前にそれを頼んだあの人達の責任なんだよ。お前の所為だけじゃない。」
「な、身勝手だよ。」
「あの人達なら自分が失敗しても他の事はちゃんと出来る、雨下は、そう思えないのか? 失敗したなら次にその分努力すればいいんだ。難しい事を避けてたって何も始まらない。」
「でも。」
光紀の態度は未だ喧嘩腰のまま、それだけ納得できないのだろう。だから唯史は更に言葉を連ねる。
「人生ってのはな、結局何とかなるんだよ。お前が間に合わなゥったら間に合わなかったなり、それなりの形になったものができあがる。」
「でも、それってやっぱり僕が迷惑かけてるんだろ。」
結局光紀が怖いのはそれなのだ、自分の事より他人に迷惑をかける事を気にする。本当は誰よりも優しい心の持ち主なのだ。
「お前が無理だって言ってんのにしつこくやってんだ。その位のリスクは必要だろ。」
知らずに笑みが生まれていた。
「それでも、取り返しが付かない事になったら。」
「あー、うるさいな。だったら今みたいに押し問答して悩んでる状態がいいって言うのか。悩んでたって問題は解決しない。結果が悪くったってそれは悪い事じゃない、だってそうだろ、俺たちはそうならなかった時の結果の悪い面を決して知る事は出来ないんだから。」
最後の方は、つい演説みたいになってしまった。光紀はまた黙り込んで俯いて、それから顔を上げたのはもう電車が徐行を始めた頃だ。
「ありがとう。」
目を奪われるような笑顔だった。以前本屋で見た、あの笑顔よりもっと晴れやかで光紀の中にある喜びの感情を感じる。鼓動が、早鐘を打つように速度を増していた。
「でも、これで長谷川君も同罪だからね。」
と、今度はシニカルな微笑み。見惚れてしまって言葉が出ない唯史だが、それをフォローするように運良く家のある駅に着く。
「俺、ここだから。」
何とかそれだけ言って、光紀から離れようとしたのだが。
「うん、俺も。」
光紀も同じ駅で降りてくる。できすぎた偶然かともお思った。
でも よく考えたら当たり前の事だった、光紀と会った本屋はどちらも家の近所で、そんな所で会うとしたら同じ駅を利用してい髑且闊ネ外には考えにくい。
「そうなんだ。」
歩きながら何とか落ち着けた心臓でそれだけ言う。改札を出てもまだ道は一緒。少しおかしい、流石に家の方向まで同じだったらもっと早くに気付いていたと思うのだが。
「お前ん家って、こっちなの?」
「ううん、『べんとうや』寄りたいから。」
『べんとうや』というのは唯史の家の近くにある弁当チェーン店の『超うまい弁当屋さん』の略称だ。豊富なメニューと考えられた栄養バランスご近所で人気を集めてる店は、しかしおかず単品のメニューがない為一般家庭ではあまり利用されていなかった。
「あれ、お前、今日母親留守?」
何気なく、そう言ってしまっただけだった、しかし

「うん、もう半年くらい帰ってきてない。」

返ってきた台詞が重い事実を告げていた。
「じゃあ、父子家庭?」
反射的に聞いてしまって唯史は後悔する。いくら何でも失礼過ぎる。
「3年前、離婚したから。」
母子家庭で、母親が帰ってこない。それならば光紀は一体どうやって生活しているというのだろう。
「でも全然苦労してないから、父さんは毎月養育費払ってくれてるし、学校だってちゃんと行けてる。」
そんな暗い唯史の表情を読みとったのか、光紀は殊更明るい声で言った。

 

しかし、一人きりの家は寂しくないのだろうか?

 

そんな事を考えていると、それ以上言葉が出てこなくなった。
気まずい雰囲気、しかしそれは光紀にとってはもう慣れ親しんでしまったもの。
「あ、俺銀行寄るんだった。じゃな。」
本気とも嘘とも付かない理由を付けて横道に入る光紀を、唯史はどうする事もなく見送ってしまった。

 

 

姿が見えなくなると、途端に切なさがこみ上げてくる。自分はこれから家族の待つ家に帰るけれど光紀には「ただいま」を言う相手も居ないのだ。うるさい母に姉だけれど、居なくなれば家事だってきっと唯史には無理だろうしなによりもきっと寂しいに違いない。
だから、あんな年上女と付き合うのだろうか。
彼女は光紀の母が光紀に与えてやれなかったものを与えてやれるのだろうか。

 

それならば、

 

 

いいと思った。

 

 


 

 

 

 

 

|PREV|NEXT|