小説みたいな恋をして
文芸部の部室は、すぐに見つかった、そこだけ入り口付近の廊下に棚があるので分かり易い。
目的の本は棚の三段目に平積みになっていて、その手前に『ご自由にお持ち下さい』と書かれたルーズリーフの切れ端が置いてあった。
唯史は真ん中にある一冊を手に取った、去年の春に発行された物だ。流石にまだ光紀は書いていないだろうと思って目次を見たのだが、しっかりと名前がある。つまりこれ以降の本を全部持っていけばいいのだ。文芸部誌は春と秋にしかでていないようだから全部で3冊。
先ほどの先輩の様子から姉が作る本のようにマニアックな物を想像していたのだが予想に反して表紙は柄一つ無いシンプルな物だった。
これならば持ち歩いても恥ずかしくはないと安心して手に取った時、唯史は気付いてしまった、その上の棚に置かれている何冊か小冊子の存在に。
裏表紙を捲って見ると文芸部誌裏版となっている、日付は1年程前の物だ。一応目次を見てみるが光紀の名前はなかった。と言うかどれもこれも明らかにペンネームと分かる仰々しい名前で、タイトルも目を覆いたくなるような物ばかりだ。唯史は慌ててその冊子を元あった位置に戻してその場を後にした。
姉といい、文芸部の女の子達といい、どうしてこんなに非道徳的な恋に興味を示すのだろうか。
おそらくは一生解けないであろうその謎に頭を悩ましながら廊下を突っ切る。そうして自分のクラスを通る段になって
「だから、ね、うんっていうまで帰さないんだから。」
「津村先輩、だから本当に出来そうもないんです、勘弁してください。」
「大丈夫、まだ日はあるわ、貴方なら出来る」
聞き覚えのある声は光紀と今朝の先輩だ。自らの言葉通り彼女はまた光紀を説得に来ているらしい。
きっと今唯史が出ていって助けてもそれは一時的な事でしかないのだろう。明日の朝にはまた教室に押し掛けてきて津村が光紀に迫るのは目に見えている。
けれど、無駄だと思っても困っている光紀を見過ごす事など出来なかった。
「あれ、雨下まだ居たのか?」
ガラリ、と後ろの扉を開けて教室に入る。
「長谷川君。」
唯史の登場に雨下は驚いて、大きな目が余計の大きくなっている。そして津村も。
「長谷川、唯史。」
瞳を見開いたまま、唯史の名前を口にする。
「あれ。先輩と知り合いでしたっけ。」
初めて話す相手にフルネームを言われてしまえば、唯史でなくても訝ってしまうだろう。声に、警戒がにじみ出ていた。
しかし、そんな事にはお構いなしに津村は頬赤く染めて
「私、あの、津村真美花って言うんです。その。」
先ほどまでとは打って変わったしおらしい態度に、唯史は却って寒いものを感じる。
確かに彼女は可愛くて自分は女好きだが頼まれても付き合いたくはないと思った。しかしそんな考えが杞憂である事はすぐに本人の口から開かされる。
「お姉さんのファンなんです。今度、そのサインお願いできませんか。」
どう答えていいのか、唯史には一瞬分からなかった。しかしホモ漫画家である姉の話など光紀の前でしたいはずがない。
「姉貴の? あの人ってそんな凄いんだ。俺、よく分かんないけど一応聞いてみますね。津村、先輩でしたよね。名前。」
「はい☆」
津村は目を輝かせて唯史を見ている、今は彼女の頭にはどうやら光紀の事はないらしい。
「んじゃ帰ろうか、雨下。」
これ幸いにと光紀を連れだして昇降口へ、取り敢えずは救出成功と言う所だろうか。自分の結果に満足していると、
「ありがとう。」
教室も津村も全く見えなくなって、やっと光紀は口を開いた。
「大した事じゃねぇよ。」
素直な言葉が嬉しくて、唯史は敢えて靴箱に目を向けて答えた。外履きに、履き替える。
「でも、二度分だから。」
意外な言葉に振り向くと、光紀も靴を履き替えて何事もなかったように帰ろうとしていた。
気付いていたのだ、朝も。
唯史が光紀に助け船を出したのだと分かっていてそれに気が付かない振りをした。
どうしてそんな事をしたのか、問いたいけれどそれも怖い。
そんな唯史の心中を察したのか、光紀の方が口を開いてくれた。
「もし違ったら、長谷川君も微妙な気持ちでしょう。」
光紀ははにかむように笑った。その笑顔は綺麗なのに何処か寂しい。
「馬鹿、友達だろ。」
そんな言葉が知らずに口をついて出てきた。驚きに言葉を失う光紀そのまま続けてに言う。
「距離なんて取るなよ、」
口に出してしまってから言いすぎだと内心青くなった。現実のところ自分と光紀は話すようになってまだ一ヶ月で、行動を共にした事だって殆ど無い。
光紀は一瞬だけ表情を無くした、しかし
「じゃあ、駅まで、一緒に帰ろう。」
そんな風に言う頃にはもういつも通りの毒にも薬にもならないような普通の顔で。
「ああ、」
相変わらずの変貌ぶりに唯史は間抜けな返事を返す羽目になった。