☆オトコイ☆
その日は五度目のデートだった。
夏休みに入ったこともあって、比較的時間のある二人は週に二度ほどのペースで会っている。
克彦は最初の印象とは正反対に恋人をとても大事にしてくれる人間らしかった。荷物が重ければ自分の方が体力があるからと持ってくれて、絶対に車道側は歩かせない。歩く歩調も、時々確認して弘貴に合わせてくれているのがよく分かった。
その気遣いは弘貴の気持ちを幸せにしてくれて、でも同時にこれまで彼がそれを行ってきた相手が居たことを嫌になる位はっきりと弘貴に見せ付けてくる。けれど、
最初にあれだけはっきりと尋ねられた肉体の関係はなかった。
克彦は付き合う前にこれまでに同性と付き合ったことはないといっていたから。やっぱり胸もなくて余計なものまでついている体には魅力を感じないのかもしれない。
「まだかな」
少しでも早く会いたくて家を出たから、待ち合わせまではまだ十分以上ある。克彦は時間には律儀だから後十分待つまでは会えないだろう。
なんとなく道行く人を眺めれば、そこにはカップルも沢山歩いていた。下着のように露出度の高い服装の女の子が横を歩く男性に腕を絡めて微笑んでいる。
酷く、幸せそうに見えた。
女だということを強調するだけで相手の興味を引ける少女が羨ましかった。
「何で俺、男なんだろう」
今まで、特に女の子になりたいなんて思った事はなかったけれど、克彦に恋してからは自分の性別がもどかしい。
女の子だって言うだけで彼に愛してもらえるとは思っていないけれど、男だって言う事が不利になっているのは明白だ。
「はぁ」
大きな溜息を付いていると。
「あれ、弘貴じゃないか」
「鷲見さん」
声をかけてきたのは兄の友人で一緒に生徒会をやっていた人だった、家にも何度か遊びに来た事がある。そして隣にいる人は、たぶん同じ学校の三年生だとは思うけれど名前までは分からない。何とか思い出そうと頭を捻っていると、
「明俊のクラスメイトで高時です」
淡い微笑みは弘貴の警戒心を一気に溶かしてしまった、とても綺麗な人だ。
「高時、先輩」
口に出すと名前を呼ばれた高時は嬉しそうに笑顔で返事をする、笑い返せば穏やかな空気がその場に流れた。
「で、自己紹介が終わったところで本題だが、お前何こんな所でしけた面してたんだ」
自分の事を実の弟のように可愛がって(?)くれていた鷲見である、どうやら心配してくれたようだ。けれど、男同士の恋の悩みなんて一体どうして打ち明けられるだろう。
「その、連れが中々来なくて」
それだけ言うのが精一杯だった。鷲見は明らかに納得していない、けれどこれ以上聞かれたくなかったから。
「そういえば鷲見さんたちこそこんな所でどうしたんですか」
ずるいと思ったけど聞き返して予防線を張った。
「ああ、俺達は映画だよ、生徒会経由でただ券貰ったから」
「え? そんなのあったんですか」
「俺が清秀朗から巻き上げた」
困ったような顔の高時とは対照的に鷲見は得意げな顔をしてチケットを見せてくれる。けれど、
「『高原のラブストーリー』」
チケットに印刷されている写真は、男同士で見に行くとは思えないような純愛ストーリーに見える。高時はともかく鷲見にはあまりに似合わない選択だった。
「悪いかよ」
不貞腐れたような顔で横を向いてしまう鷲見に、
「俺が見たいって言ったんだ」
臆面もなく言い切る高時は、なんとも思わないのだろうか。二人でそんな映画を見るなんて恋人だ、そして弘貴は実は同じ映画に克彦を誘って断られた。
「いえ」
二人は何も悪くないのに、それを思い出して声が低くなる。
「やっぱりお前、悩んでるだろ。さては待ち合わせは恋人か? 色気づきやがって」
いつもより気合を入れている服装に気がついたのか鷲見の指摘は鋭かった。けれど、
「ち、違うよ! 全然違う。相手男だし」
鷲見にばれるわけには行かない、そんな事になったら絶対兄に知られてしまうと弘貴は慌てた。しかしその過剰な反応はどうやら別の意味で受け取られたらしい。
「なんだ、お前。もしかして誰かに食われちまったのか」
と、言うのは男子校の悪習故の事だ。弘貴たちの学校では女子がいない所為か若気の至りと校内で付き合う人種が居る。流石に最強の兄のいる弘貴に迫る先輩はいなかったけれど、格好いい先輩と付き合う事は一年生の間ではステータスにすらなっていた。
けれど、自分だって克彦と付き合っているのだから彼らを否定できない。
泰隆ならばそれこそここで鷲見達はどうなのかと聞き返すことも出来ただろうが、弘貴はそんなに器用ではない。
「明俊、それ以上は失礼だよ」
黙りこんだ弘貴を見かねてか、高時が助け舟を出してくれた。それなのに、
「でもそいつは弘貴にこんな顔させてるんだろ」
兄同様面倒見のいい鷲見は放っておいてくれないらしい。どうしていいか分からなくて周囲を見回せば、いつの間にか待ち合わせ時間を過ぎているのに気がついた。
克彦が待ち合わせに遅れるのはこれが初めてだ。
もしかしたら飽きられたのかもしれないと思うと、弘貴の大きな目に涙が滲み始めた。
「馬鹿明俊!」
そこで、声を荒げたのは高時だった、この人がこんな声を出すなんて思っていなかったから弘貴は驚いて顔を上げる。
「馬鹿って、なんだよ。俺はこいつを心配してだな」
「それで傷つけてたら意味ないだろ。だいたい明俊は無神経なんだ」
「無神経なのはお前のほうだろ、俺の気持ち知ってからもあんなバイトして」
「そんな昔の事持ち出さないでよ」
いつの間にか先輩二人の間では本格的な喧嘩になっていた。