☆オトコイ☆




まるで、夢でも見ているみたいだった。
あの日からずっと探し続けていた人と、今二人きりで歩いている。ちらりと隣を見れば、5度目で目が合った。
「ん? どうした」
「なんでもないで、なんでもない」
どうしてもっとうまく話せないのだろう。歩いている内に彼がこちらを見ているのは自分がはぐれないように気をつけてくれているのだと分かった。
手を繋ぐなんて事まではしないけれど、視線で牽制して保護してくれているのだ。慣れた様子に、他の誰かにもこうしているのかと思うと胸が痛くなった。
そして、何も話せないままやがて駅が見えてきて。
「ここまで来れば、もう大丈夫だろ」
弘貴もよく知る若者達の雑踏を眺めて克彦は言った。
「あなたは、これからどうするんですか」
さっきのアヤの言葉だと店に帰る事は無さそうだけど、やっぱり気になってしまって尋ねる。すると、
「ん? なんでお前、そんな事聞くんだよ」
逆に尋ねられてチャンスだと思った。弘貴は衝動的に克彦の腕を掴んでじっとその顔を見上げると口を開く。
「あなたが好きなんです、俺と付き合ってください」
言った、言ってしまった。
けれどこれを逃せばもう二度とチャンスはないかもしれなかったのだ、後悔はない。ただ精一杯の願いを込めて、ずっと思い続けてきた相手を弘貴は見つめた。
『彼』は戸惑っているようだった、きっと同じ男から告白されるなんて考えても見なかったのだろう、けれど暫く思案して彼は口を開いた。

「って言う事はセックスもありか?」


そんな事は全く考えていなかった弘貴である。目の前に居る男と自分がベッドで一つになる、けれどその想像は決して嫌なものではなかった。
もっと、全部知りたいと。内なる欲望が彼の言葉と共に弘貴の内側から引きずり出される。
「いい、よ」
それはとても勇気の要る言葉だった。でも口に出してみるともう戸惑いはどこにもない、そう言う意味で彼と付き合いたいのだと改めて実感した。
「じゃあ、いいぜ」
信じられないほど軽い調子で克彦は弘貴を受け入れる。
あまりの簡単さに拍子抜けした弘貴の膝から力が抜けた。
「おい、大丈夫か」
慌てて体を支えてくれる克彦に、
「ごめん、でも、なんか信じられなくて、俺、男だし。君は俺のこと何も知らないし」
「それでも、付き合いたいんだろ」
「うん、好きだから」
自分が好きだから彼の傍に居たいと思った、彼と付き合いたいと思った。それだけなのだ。この状況でまだ彼に気持ちを求めることが出来ないなんてわかっている。
「俺は一度で男と付き合って見たいって言う興味だけで、愛せるか、分からないんだぞ」
「それでも、いいよ」
そう言って見せた弘貴の笑顔に、克彦の顔に一瞬だけ苦さが走った。
それから克彦は東口近くのファーストフード店に弘貴を連れて行った
「そういえば名前、聞いてなかったな」
と言ったのは注文を終えて席についてからだ。克彦はお腹が空いていないのか小さいサイズのジュースを頼んだだけだった。意外と甘党なのかもしれないと思うと、少し嬉しくて、つい弘貴も同じものを頼んだ。
「俺は藤原弘貴、慶藍高校の1年です」
「じゃあ、弘貴だな、俺は克彦でいい」
そう言って笑うと、八重歯が見えて一気に雰囲気が柔らかくなった気がした。こんな顔をして笑うのかと思うとそれだけで先ほどの自分の勇気を称えたいくらいだ。
相手に聞こえそうなくらいうるさい鼓動を誤魔化したくて、尋ねる。
「そういえば、克彦はどこの学校?」
「俺は普通の公立だよ」
「へぇ、頭いいんだ」
公立高校は私立に比べて学費が安い分人気が高い、其処に入るという事は克彦は県下だけでなく勉強も出来るということだ。好きな人が凄い人で、弘貴は嬉しくて尊敬の眼差しを送る、けれど、
「馬鹿にするな」
そう、弘貴が通っている慶藍は高校から入るにはもっと難しいのだ、気を悪くされても仕方がない。自分の短慮に落ち込んでいると、
「そうだ、連絡先」
気を使ってくれたのか克彦が携帯電話を取り出す、
「じゃあ、赤外線で」
弘貴も慌てて携帯を取り出すと克彦はすぐにデータを送信してくれた。
「益岡克彦」
これで始めて知ったフルネームを唇に乗せるとくすぐったい気がした。そんな弘貴を克彦は黙って見つめている
「何?」
視線に耐えられなくて尋ねれば、
「なんで、慶藍の坊ちゃんが俺と付き合おうなんて思ったのかなって」
克彦はとても不思議そうだった。確かに、制服を見ても分からないくらい弘貴と克彦の現実での距離は遠い。だから、
「その、前に助けてもらってからずっと気になってて」
覚えてくれているかもしれないと淡い期待を持ちながら、本当の事を言えば、
「もしかしてストーカーか」
「スト、なんだよそれ」
どうしてそう言う発送が出るのか分からない。それなのに、
「ん? よくある話だろ」
「聞いた事ないよ」
やっぱり、住む世界が違うんだろうか。
弘貴は俄かに心配になり始める、けれど克彦はそれに気がつかなかったらしくストローでカップをかき回すと氷を口に運んで弘貴に問いかける。
「だいたいお前、あんなところで何してたんだ」
その声には微かな苛立ちがある。
「俺は、ただ君を追って」
「やっぱストーカーじゃないか」
「それは今日だけ、学校の近くで見かけたから」
話しているうちにだんだん怖くなってきた、嫌われてしまったかもしれない。けれど、
「あーあそこから見られたのか、言うなよ」
そう言って頭を抱えた克彦は全然怒っているような雰囲気はなかった。むしろ少し情けないような顔で恨めしそうに弘貴を見ている。
「なんでか、聞いていい?」
ほっと安心して、やっと調子を取り戻しながら弘貴は尋ねた。
「絶対調べないって誓えるか」
「うん」
全然想像がつかなかったから、どんな秘密があるのかと弘貴の胸は高鳴る。そして、
「兄貴が通ってるんだよ」
「嘘!」
益岡なんて知らないから高校で入ってきた上級生だろうか
「誰だろう」
「だから調べるなって」
「なんで」
「恥ずかしいだろ、あの人の弟がこんなに出来が悪いなんて」
そんな風に少しだけ顔を赤くする克彦が、可愛いと思った。こんなに格好いいのにこの人は、それだけではない。想像以上の親しみやすさに、心の距離が憧れから現実の恋へと加速度的に転がり落ちていく。
「そうかな、素敵だと思うけど」
だから、そう言ったのは本心からの事だった。
「そう言う事さらっと言うな」
「あ、ごめん」
「だから謝るなって」
克彦は怒ったような口調で横を向いてしまう、でも弘貴にはもうそれが照れているだけだと分かっていた。そうやって素直な感情を見せてくれるのが凄く嬉しい。そうしてやっと、弘貴は克彦が不良たちの手から自分を救ってくれた理由に思い当たった。
「もしかして、最初の時も」
「あの人の役に立ちたかったんだよ」
言うなよと克彦は念を押してくる、優しい人なんだと改めて分かった。直接は確かめなかったけれど、きっと慶藍の傍で急にそう言う事件が減ったのは彼のおかげなんだろう。見えないところで体を張れる、弘貴には今まで無縁だった関係だ。
「お兄さん思いなんだね」
自分の家とは一風違う、そんな愛情を眩しい気持ちで見つめていたら、
「あの人は特別」
「え?」
嫌な予感がした。
「もしかして、好きなの」
さっきまでの幸せな気分が完全に吹き飛んで、指先が冷たくなってくる。
「あの人を嫌える人なんていない」
克彦が断言した、けれどそれは兄に向ける言葉とは思えない。嫌な予感が益々強くなる。
「そうじゃなくて、その、俺みたいな気持ちで」
自虐的な質問かもしれないと、分かっていても聞かずに入られなかった、すると、
「今度言ったら本気で殴るからな」
それは、初めて会った時に不良たちに見せたのと同じ鋭い眼差しだった。さっきまでの親近感は完全に薄れて、弘貴は恐怖すら感じる。それほどの怒りだ。
「ごめん」
誤る事しかできなかった、その態度に弘貴を怯えさせた事に気付いたらしい。克彦はバツの悪そうな顔で、
「兄貴は俺と違って優秀で、誰より日向の似合う人なんだ。そのために今だって名門校に通ってるんだから」
少し、らしくない言い訳だとおもった、克彦は学歴に縛られるタイプには見えない。けれど確かに有名校に進学して大企業に入る、それは誰もが納得する絵に描いたような幸せだ。けれど、名門校といっても、
「でも、俺もいるけど」
自分のように同性に惹かれてしまうものもいる、どうも夢を見すぎている克彦につい指摘してしまえば。
「人間の出来が違うんだよ」
その目にあるのは尊敬だけで弘貴は安心する。とはいえ克彦の兄への感情はもはや崇拝だ、ブラザーコンプレックスという域すら超えている。けれどこの時の弘貴はまだ、その奥にある克彦の心の傷に、気がつく事すらできなかった。

 

 

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