☆オトコイ☆


男達は追ってこない、けれどアヤ自身だって十分怪しいのだ。角を回って人気のない路地に連れ込まれた途端、
「俺を、どうする気なんだよ」
不安が堰を切ったように言葉になって溢れ出した。男達相手には怖くて出なかった言葉が、華奢な少年相手ならば簡単に出てくる。
「従兄弟とか、3Pとか、お前一体なんなんだよ」
そんな自分の怯懦を虚勢で隠すようにして弘貴はアヤを睨み付けた。けれど、
「この馬鹿ッ」
返ってきたのは本気の怒りを孕んだ、叱責の言葉だった。その一方的な態度に弘貴の頭に血が上る。
「馬鹿ってなんだよ、馬鹿って」
「お前のことだよ、このカモネギ」
「なっ、見ず知らずの相手にそんな事いわれる筋合いなんてないね」
「ならあのままSM室に行きたかったのか」
「へ?」
突然の予想もしていなかった単語に、一瞬で弘貴の頭が凍りついた。分けがわからない。
「この辺りはその道じゃ有名なゲイスポットなんだよ」
アヤが、カッとなった自分を恥じるように少し俯きながら教えてくれた。ゲイと聞いてようやく現実的に自分がどういう目にあわされるのか分かってきた。
あの男に、と考えると吐きそうな程に気持ち悪い。それ以前に弘貴の乏しい知識でもSMというのがどれほど恐ろしい事か想像がつく。
今更ながら、自分の迂闊さに歯の根が合わなくなった。
「まぁ、偶然あの人に捕まったっていうのは物凄い確率の不運だっただけだけどな」
そんな弘貴を気遣ってかアヤは軽い調子でそう言って、でもその後で、
「といっても、こんな所にのこのこ出て来るのが馬鹿なんだけど。その外見だったら10メートル歩けば誰か引っかかるよ、何も知らないような子は人気あるから」
と、馬鹿にしたような笑顔を見せる、安心した直後だっただけになんだか腹が立ってきた。
「だいたいなんなんだよ、客とか3Pとか」
いくら言い訳でも突拍子もなさ過ぎると、呆れて見せれば。
「そうでも言わなきゃ、今夜の安全は守れなかったと思うよ?」
余裕の態度。それが弘貴には理解できなかった、もしアヤが助けなければ自分と彼はそういった行為に及んでいた事になる。
「あの人、お前が好きなんじゃないのか」
それなのに自分を連れて行こうとした彼に、アヤは何も思わないのだろうか。責めるような弘貴の言葉に、
「沢山ある性欲の捌け口の一つってだけだよ」
なんでもない事のように言ってアヤは笑う、けれど、だとしたら。
「お前、俺の事を知ってたのか」
『彼』の時と同じだ、見ず知らずの人間を助ける理由が見つからない。
「知らないよ」
「じゃあなんで助けたんだよ」
「俺は誰にでも親切なだけ」
アヤは当然のように言って大きく伸びをする、嘘をついているようには見えなかった。けれどそこで弘貴はアヤが口にした決定的な言葉に気がつく。
「なら、従兄弟ってどういうことだよ」
弘貴の従兄弟といえば清秀朗ただ一人だ、もしかしたら彼の知り合いなのかもしれないと尋ねれば、
「制服、俺の客と同じだったから」
それはそれで問題だった、彼の言う事が本当なら慶藍には白瀬と同じような趣味の持ち主がいる事になる。あまりに不健全だった。
「それ、誰だよ。高校生がこんな所で遊んでいいわけ」
だからつい、止めなければいけないと問い質してしまって、
「顧客情報もらすわけないだろ。あー、もうこんな時間だ、直行しないと本当に予約に間に合わないな」
呆れたような顔のアヤに背中を向けられてしまう。
しかし、ここまで怖い話を聞いてしまえば、もう一人で駅まで行くのも怖い。かといってどうやら少年売春をやっているらしい彼の店というところについていって仕事が終わるのを待つのもやっぱり怖い。
「あの」
無理を承知でやはり駅まで一緒に行ってもらえないかと頼みたかった。けれど見ず知らずの相手にこれ以上迷惑をかけるのも申し訳なくてそこから先の言葉が出てこない。そうして言い淀んでいる内に、アヤはポケットから携帯電話を取り出した。
ボタンを二つ押しただけだから短縮コールで掛けているのだろう。相手はすぐに電話に出たらしい、ボタンを押して五秒もしないうちにアヤが口を開き始める。
「ああ、俺、今お前どこ、うん、2丁目のKホテルの脇なんだけどすぐ来れる? ああ、分かった、じゃあ俺いつもの道で店に向かうから・・・・了解」
一分も経たずに電話が切られた、状況がつかめない弘貴にアヤは笑って、
「今店の方から俺の知り合いが来るからそいつに駅に送ってもらえばいい」
店と聞いて嫌な予感が背中を走った、助けてくれたとはいえ彼が信用できるとどうして言いきれるのだろう。『店』というところに行けば何をさせられるか分かったものではない。「俺、やっぱり」
これ以上迷惑をかける気はないからとそのまま弘貴は逃げるつもりだった。けれどそんな弘貴の不安なんてアヤにはお見通しだったようだ。
「心配しなくても慶藍の坊ちゃんとトラブル起こす気はないよ。探られれば痛い腹ばっかりだからな、藪をつついて親蛇を出す気はないよ」
嘘なんていくらでもつけると分かっている、けれどアヤの発言は反論の余地がないほど冷静で弘貴は結局彼についていくことにした。
「白瀬さんの名前は出すなよ」
その道中でアヤは弘貴に釘をさした。
「なんで?」
分けが分からなくて聞き返す弘貴にこれから来る奴は白瀬のことを嫌ってるから関わったってばれたら怒られるんだとばつが悪そうに言って。
そうして困ったような顔をする少年は、先ほどまでの色気など微塵もなくてどこか親近感が持てる。もしかしたら年もそう変わらないのではないかと思い始めた時、
「アヤさん」
前の方から大きな声がした。
「え?」
アヤの姿を認めると全速力で駆け寄ってくるその姿を見て弘貴は言葉を失う。
『彼』がそこに居た。
この街には不似合いな学ラン姿で二人の目の前にやってくる。息が切れているからここまでも走ってきたのだろう、電話一本で駆けつけるなんて普通ではない。
もしかして、もしかしたら。
考えたくない可能性で頭の中がいっぱいになって言葉の出ない弘貴の代わりに彼が口を開いた。
「この人は?」
意志の強そうなくっきりとした目が自分だけを見ている、その事実だけで鼓動が早くなっていくのが自分でも分かった。
「あの、俺は、あの」
「そこで絡まれてるのを助けたんだ、帰るついでに駅まで送っていってくれないか」
胸がいっぱいでうまくはなせない弘貴の代わりにアヤが説明すれば、
「俺はまだ帰らない」
そんなに自分を送って行くのが嫌なのだろうか、弘貴は胸にちくりと棘が刺さったような気がした。
「だめだ、ここは克彦みたいな子供の来る街じゃないって言ってるだろ」
「でも、アヤさんは」
「俺はいいんだよ、慣れてるからな」
「でも」
苦しそうな表情に、彼の気持ちが垣間見えた気がした。それでもアヤに逆らえないおかげで克彦はしぶしぶながらも弘貴を駅まで送ってくれる事になって。
「あの、よろしくお願いします」
「敬語はいらねぇよ」
一緒に歩き出す頃には笑いかけてくれる。

 

 

 

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