☆オトコイ☆



ずっと探し続けてきた『彼』が今、目の前に居る。
けれどいざとなるとどう声をかけて言いのか分からなくて弘貴はそのまま立ち尽くす。
そうしている間にも『彼』は駅に入り、切符を買うと改札口の向こうへと遠ざかっていって、
「待っ」
思わず声をかけてしまうけれど、見ず知らずの相手に通じるはずもない。
後から思えばその時に最後の理性が消し飛んでしまったのだろう、弘貴はもう迷うこともなくICカードをかざして彼の後を追っていた。
追いかけて、どうすればいいのかなんて分かっていない。それでもこの機会を逃してしまえばもう二度と会えないかもしれないという恐怖が弘貴を突き動かしていた。
しかし予想に反して、彼が電車を降りたのは弘貴も良く知る駅だった。
新宿には何度も友人や兄と遊びに来ている。その時にも同じ町に彼が居たのかもしれないと思うと胸が高鳴った。
声をかける勇気はないけれど、せめて彼がどんなところで暮らしているのか、活動しているのか知りたくて後を追う。
迷いのない足取りの彼に、弘貴は何度も通行人とぶつかりそうになる、その度に必死に追いかけた。目に入っているのは彼の背中だけで、もうどこを歩いているのか分からない。
そしてとうとうその彼の背中すら見失ってしまった時、
周囲にはあやしげな看板を掲げた建物ばかりが立ち並んでいた。
まずいと思ったけどもう遅い、客引きらしい男と目が合ってしまう。
弘貴は慌てて踵を返した、そして、
「うわっ」
壁に、ぶつかる。よく見ると壁は白いスーツを来た男だった、中のシャツは紫色でサングラスまでかけている。
物凄く、嫌な予感がした。
「すみません」
すぐに謝るけれど、男は無言のままジィっと弘貴を見つめる。その代わりに後ろを歩いていた男達が口々に弘貴を非難した。
「てめぇ、アニキに、何しやがるんだ」
「アニキを誰だと思ってやがる」
その言葉尻から、明らかにそちらの社会の人間だという事が分かった。
「すみません」
先日のカツアゲとは規模が違う、弘貴はとにかく謝り続けるしかない。その様子を見て、男は笑った。
「あんた、可愛いね、俺と一緒に来いよ、大人しくしていれば酷い事はしないさ」
まるで、女の子にでも言うような言葉だと思った。けれど自分は男だ、だとしたら本当にこの人は悪い人ではないのかもしれない。
そんな現実逃避的な考えが頭を掠める。
力のある相手はやっぱり本能的に怖い、傷ついた事があまりない分弘貴は暴力に臆病だった。そして、
「あっ」
強い腕に引かれて、とうとう一歩を踏み出してしまった時、
「あれ、社長、なに他人のお客に手を出してるんですか」
耳に心地の良い少年の声が、弘貴の耳を打った。驚いて振り返ればそこには艶やかな黒髪を風に揺らされながら立つ少年が居る。
黒目がちな大きな切れ長の瞳に小造りで形のよい鼻、少し薄めの赤い唇が嫣然と笑みの形を刻んでいた。その表情は、人の目を惹き付けずに入られない華やかな存在感がある。
「アヤ」
どうやらそれが少年の名前らしかった。白いスーツの男は振り返りながら興味をなくしたように弘貴の手を離す。
「お久しぶり、最近会いに来てくれなかったから寂しかったなぁ」
「何をしゃあしゃあと、お前の予約が取れないからアニキは」
サングラスの男が脅すような声で自分より身長の低いアヤを見下ろして詰め寄る。そこにあるのは弘貴に対して先ほど見せたのとは比べ物にならない位強い害意だ。けれどアヤは当然のようにそれを受け流して、しなやかで長い手を社長と呼ばれた男の腕に伸ばす。白い手が浅黒い肌にかすかに触れる様子は何故かとても艶かしくて、弘貴は思わずごくりと唾を飲んだ。
「もう僕には飽きちゃった?」
「馬鹿、お前以上の男なんて」
「でも、浮気するんだ?」
「その嫉妬もどうせ演技なんだろう」
「なら、本気にさせてよ」
男同士だというのに、全然違和感なんてなかった。目の前で繰り広げられるドラマのワンシーンのようなやり取りに弘貴は動く事ができない。
「ならこれから俺のマンションに来い、たっぷり可愛がってやる」
アヤの細い手首を掴んで男が言った、弘貴のときと同じでとても少年が振り払えるような力ではない。けれどアヤは恐怖するどころか嬉しそうに笑って、
「だぁめ、それじゃ僕の成績伸びないもん、ね、助けてよ」
挑発的にピンク色の舌がゆっくりと唇を艶めかせる。男たちが興奮していく様子が弘貴にも分かった、それくらいアヤの魅力は直接的だった。
「なら今すぐ、店に行くか」
男も、完全に心を奪われた様子で少年の肩を抱く、けれど、
「駄目だよ、さっき言ったでしょ今日はこの子がお客さんだって」
そう言って、アヤは弘貴の方を見た。
「こんなガキに、満足させられるような玉じゃないだろう」
男は納得いかないといった様子で弘貴を睨む。その鋭さが怖くて、弘貴は我が身を守るのも忘れてアヤの言いがかりを否定しようとした。自分は彼なんて知らない、勿論彼のお客さんではない。けれどそんな弘貴の恐怖をアヤは一瞬の目線で制する、そして弘貴が口を開く前に男達に説明してしまった。
「上得意客の従兄弟なんだよ、これからホテルで3Pなんだ」
「俺より優先か?」
「白瀬さんだって、ちゃんと用意したいでしょ」
「よく言う、このスキモノが。それで、何時なら、予約は取れる?」
「明日の3時なら空いてたと思うよ」
「ラストまでだろうな」
「勿論」
アヤはにっこりと笑ってするりと男の腕から抜け出した。離れればその美しい顔だけでなく、シャツの隙間からこぼれる輝くような肌まで見えると計算した動き。恵まれた容貌だけではない、手の動きまで含めて仕草の一つ一つが男心をくすぐるのだ、この少年は。
「分かった、明日新しい玩具を持って言ってやるから楽しみにしておけよ」
「了解」
最後にアヤが見せたのは無邪気な子供のような笑顔だった。妖しい会話をしていたことを悪びれる様子もなく純粋に楽しそうなその様子に、弘貴は引き込まれる。
大人なのか子供なのか全く分からない、その不思議の答えが知りたくてアヤから目が離せなかった。
「じゃあ、このまま同伴出勤だから」

そう言うと、アヤはエスコートするように弘貴の手を掴んで歩き出した。




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