☆オトコイ☆









 

「あの、国木田。話があるんだけどちょっといいかな」
放課後、ホームルームが終わってすぐに席に向かったというのに国木田はもう鞄に荷物を詰めて今にも帰ろうとしていた。
「俺、半の電車に乗らないと間に合わないんだけど」
面倒くさそうに国木田は答える、何に、とは言わなかったが勉強の虫の彼のこと、恐らくは予備校か何かだろう。
「分かった、じゃあ一緒に帰ろう」
けれど弘貴も必死だ、そう言うと強引に国木田を待たせて肩を並べて帰る。
「弘貴、また明日なー」
「藤原、お疲れ」
知り合いの多い弘貴が歩くと幾つもの声がかかる、国木田はそれを気にした様子もなく歩いていた。けれどその度に歩調を緩めてくれるから気を使ってくれているのかもしれない。協調性のない身勝手なクラスメイトという評価はもう弘貴の中にはなかった。
「それでさ、俺が聞きたいのは国木田が他校生にお金を取られたっていう話なんだけど」
昇降口で靴を履き替えながら切り出すと、国木田は顔もこちらに向けずに淡々と答えた。
「そのことなら事実無根だと、生徒会長にも話した」
表情を動かす労力も惜しんでいるのか、その顔はいつものように無機的だ。しかし弘貴もその程度で食い下がるわけには行かない、しつこく質問を続ける。
「でも、俺も聞きたいんだ。国木田が他校生にお金を渡してたのを見てた奴がいる」
その言葉に、国木田は一瞬だけ立ち止まって、そして信じられないようなことを言った。
「それは弟の給食費だ」
小学生が学ランを聞いているなんて言う話は聞いたこともない。国木田に弟がいる事は聞いていたけれど、それを利用して誤魔化そうとしているのは明白だった。何らかの理由で、犯人を庇っているのだろうか。だとしたら、
「俺は、それを非難したいわけじゃないんだ。前に俺が他の奴に難癖付けられた時助けてくれた人がいて、それで、お礼を言いたくて。だから、もし国木田が彼のことを知ってるなら教えて、欲しいんだ」
必死でまくし立てた弘貴に、国木田が返したのは深い溜息だった。しかし足は止めないまま10メートルほど進んだところで、口を開く。
「知ってどうするの、乞われてもいない金品で恩を贖うのは施しだ」
それきり、国木田は口を開かなかった。
弘貴も反論する言葉が見つからない。
ずっと彼を探していたけれど、自分は一体彼との再会を果たしてどうしたかったというのだろうか。
お礼の言葉は、伝えた、だとしたら従兄弟が事情も聞かず殴りかかったお詫びだろうか。けれどそれに関しても怪我をしたのは清秀朗のほうだ。
「分からない、何でだろう」
駅についた頃、無意識のうちに言葉が漏れた。けれど小さなその声を国木田は聞き逃さなかったらしい。
「相手が異性なら恋だろう、でも同性ならただの恩義だ。深入りする事じゃない」
それだけ言うと定期券を自動改札機にかざして国木田は去っていった。
弘貴も定期券はあったけれど、もう追う事はできない。
国木田の簡潔でありながら的確な言葉に、ただ打ちのめされていた。

『恋』

 それは、自分の感情につける名前としてこの上なく相応しかった。
相手をもっと知りたくて、考えただけで鼓動が早くなって、会えないことに胸が苦しくなる。
関わったのは長い人生の中のほんの一場面でしかないはずなのに。
こんなにもずっと心を占領して、こんなにも胸を切なくする。
「会いたい」
けれどどこの誰とも知らない相手との再会は、まるで雲を掴むような話だ。制服からせめて学校でも分からないかと思ったけれど、区内の全ての高校の制服を見ても見つからなかった。
彼は一体、どこの誰だったのだろう。
国木田は深入りするなといったけれど、その忠告はどうしても聞けそうになかった。
こんなにも心から、彼を愛してしまっているから。

 

 それから、生徒会による見回りは期末試験が始まるまで続いた。といっても既に犯人はここの生徒を狙わなくなったのか被害も目撃情報も出ていない。
試験が始まって、あの日と同じ時間に帰れるようになって、けれど『彼』は現れなかった。国木田ともあれ以来話していない、あのはっきりとした物言いで何を言われるのかと思うと怖い。
何よりも、相手も分からない恋に望みがないと言い切られたくなかった。
試験が終わってからは、もう当番はないのに毎日通学路を探して歩きう毎日だ。
会えなければ会えないほどもっと気持ちが募って、兄には幻にでも恋をしているのかとからかわれた。
全てが初めてで、どうしていいのか分からない。
けれど終業式も近づいたある日、弘貴は視界の端に映るその姿を見つけた。
角を回る後姿を慌てて追いかければ、そこにはあの野性味溢れるしなやかな後姿があって。

顔は確認できないけれど、間違いなかった。



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