☆オトコイ☆




新学期が始まると、急に日常の世界が戻ってきた。
自分と克彦は学校が違うから勿論今までのように頻繁には会う事はできない。
それでも何とか二度目の日曜日に一緒に遊びに行く約束を取り付けて、弘貴は上機嫌だった。
克彦とはあれから深い話はしていない、けれど一緒にいる時間は楽しくて。時々触れ合って伝えられる体温が大好きだった。
そんな状態だから学期初めの実力試験の結果はボロボロで、生徒会でもミスが目立ってしまっている。
今も、明後日には久しぶりに克彦と二人で会えると思うと、なかなか集中できない。いつもなら1時間もかからないアンケートの打ち込みに昼休みにやった分も入れればもう二時間もかかっていた。
それでも何とか終わらせると、
「お疲れ様、後は俺がやっておくから弘貴はもう帰ってもいいぞ」
清秀朗は穏やかな笑顔でそう言ってきた。
「でも、まだ文化祭の企画プリントが出来てないんじゃ」
今週中にはやると言っていたから今日は夜まで帰れないと覚悟していたのだ。人材不足の生徒会が忙しいのは痛いくらい分かっていたから、弘貴も簡単には休めない。それなのに、
「疲れてるときはちゃんと休まないと駄目だろ、プリントは俺がやっておいた。後は弘貴が打ってくれたアンケートの結果を反映させるだけだから一人でも十分だ」
「いつの間に」
「放課後すぐ始めたんだ」
それはつまり、清秀朗自分が元々やる予定だった仕事の前に終わらせてくれたと言うことだった。そうやって強引に仕事を取り上げなければ弘貴が休めないと知っているから。
「清ちゃん」
「ここでは会長だろ」
「会長、なんか心配かけてすみません。ありがとうございました」
好意に返せるのは精一杯のお礼の言葉だけだからそう言うと清秀朗は笑顔で受け止めてまた来週と弘貴を追い出してくれた。
そのよく気の回る優しい従兄弟に、この胸の苦しみを相談する事ができればどれほどいいだろう。けれど清秀朗が弘貴を大切に思うからこそ、この不安な恋に反対する事は目に見えていた。
だから言えない。
誰にも言えない秘密を抱えて、弘貴は教室に鞄を取りに行く。
流石に金曜日の放課後は誰もが早く帰りたいのか、教室の明かりはもう消えていた。
とはいえ外はまだ十分に明るいから鞄を取るのに不自由はない。だからそのまま席に向かった弘貴は、
「うわぁ」
机に向かっていた人影に思わず声を上げてしまう。
「国木田、お前電気もつけないで何やってるんだよ」
「日誌、別に明かりが必要な暗さじゃなかったから」
国木田は顔も上げないまま答えると、日誌を書き続ける。通常は二人で書くものだから押し付けられたのだろう、意外と要領が悪い。でも、
「だからわざわざ消したのか」
流石にそれはよくないと思った、ただでさえ分厚い眼鏡がそんな事をしてしまえばもっと厚くなってしまう。思わず咎めるような口調になった弘貴に
「職員室に、プリント持って行って帰ってきたら消えてた」
国木田は抑揚のない声で言ってシャーペンの頭をノックして真を出す。流石に自ら消したわけではないと死って、少しは安心したけれど、
「暗いと気が滅入らないか」
「電気代の方が勿体ない」
その意味が弘貴には一瞬理解できなかった、電気はそこにあるものだから一々そのお金なんて考えたことはない。裕福の家に生まれたといってしまえばそれだけのことだけれど、この学校で経済観念なんてある人間は殆ど居ないのだ。
弘貴は不思議なものでも見るような顔で目の前の同級生に視線を向けた。
国木田は顔を上げる事すらしない、さっさと日誌を書いて帰りたいのだろう。それでも手を抜かずに一つ一つの項目を埋めていく様子が彼らしかった。
薄暗い教室にペンを走らせる音だけが静かに響く。
そこは日常から切り離された別世界のようで、だからだろうか。
急に目の前の相手に自分のことを話してみたいような気持ちになった。国木田なら他人事に口を出さないとか人の秘密を漏らすような友達すらいないとかそう言う打算ではなく。
ただ、この寡黙な同級生が、決して嘘をつかない相手だから話してみたかった。歯に衣着せない物言いで本当の反応を知りたくなった。
「俺の恋人克彦って言ってさ、男なんだ」
国木田が驚いたように顔を上げる、
「俺は、男が好きなんだ」
だから弘貴は相手の顔を見て、はっきりと言い切った。国木田は顔色一つ変えなかった、けれどペンを置いて意識の全てを弘貴に向けて口を開く。
「何で、俺に言うんだ」
「不安だから」
「当然だろうな」
そう言われて、弘貴は何故か胸が軽くなるような気がした。けれど、
「国木田は、何でそんなこと言ってくれるんだ?」
「不安のない恋なんてない、相手の気持ちも将来も、世の中には何一つ確かなものなんてないのだから」
男同士だろうと男女だろうとそれは代わらないと、淡々と語られて何故か腹が立つ。
「こんなに苦しいのが当たり前なのか」
八つ当たりのように国木田に詰め寄った。けれど国木田は相変わらず表情を見せないまま語り続ける。今日の彼は何故か妙に饒舌だった、けれど弘貴はその理由なんて知らない。自分の感情をどうしていいのかすら分からなくて余裕がない。
「だから恋をした奴は誰もが、それ中心に世界を回してしまうんだろう? それだけの影響力があるんだ、真剣なら真剣なほど」
その言葉に、急に泣き出したいような気持ちになる。
苦しみが思いの深さを証明していると国木田が背中を押してくれているような気がして、けれど、
「でも、変だろ。男同士だなんて」
だからこそ信じるのが怖かった、優しい言葉はそれが勘違いだったと知った瞬間刃のように心を刺す。否定の言葉のほうが身構えられる分だけマシだと、防衛本能が無意識のうちに働いてしまう。
するとそれを悟ったのか急に国木田の表情が変わった。責めるような目でそうだなと前置きをすると、
「男同士の恋なんて不自然で、周囲からも色々言われることになるんだぞ、藤原も、それから相手の奴も。それでも付き合うっていうなら絶対に失ったもの以上の幸せを相手と作らないといけない。・・・藤原はさ、それだけの勇気があるの?」
国木田は珍しく真直ぐとこちらの眼を見ていた、分厚いガラス越しに小さくなった瞳に揺るぎはない。だからだろうか、まるで神の審判のようにその言葉を重く感じた。
本当は人一人の人生を背負うなんていう勇気は弘貴にはない、けれどそれでも背負ってやるという覚悟だけはあった。克彦が、好きだから。
「あるよ」
震えそうになる声でそれでもはっきり言いきると、国木田は微笑った。
眼鏡に光が反射してどんな目をしているのか分からないけれど、それでも伝わってくる優しい空気。
「だったら、俺に相談する必要なんてないだろう」
すぐに横を向いてしまったからもうその表情を見る事はできない。けれど何故か許された気がした、他人事だから形だけ認めるのではない。
男同士という仲を本当の意味で国木田は認めてくれたのだ。
言葉では突き放しているけれど、決して嘘は言わない友人の言葉が嬉しかった。だから、
「でも、話したい」
心から自分達のことを認めてくれるただ一人の存在に、これからも大事な人の事や嬉しかった思い出を聞いて欲しい。そう口にしたら、
「惚気話を?」
返ってきたのはそんな皮肉、それでも、
「そう、ノロケたいんだ」
臆面も無く言いきると国木田は小さく息を吐いて『暇な時なら』と言ってくれた。

 

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