☆オトコイ☆
国木田と話して以来、弘貴の中で何かが変わった。
克彦への気持ちが止まらないのは前からだけど、いつでも二人の未来や幸せを考えるようになった。
一緒にいて楽しい、もっと知りたい、知ってほしい。
短い電話の他愛のない会話から相手の癖や好みを知るのが嬉しかった。それから、相手を喜ばせようとして成功すれば天にも上りたい気持ちになる。
今まで心のどこかにあった罪悪感がなくなった気がした。
この恋でお互いに失うものがある事は確かだけれど、それ以上のものを作っていけばいいのだとやっと分かったから。
まだ、泰隆や清秀朗に紹介できるほどではないけれどもっと二人の間の絆が確かになればきっと分かってもらえると信じている。
けれど、翌々日の日曜日。
待ち合わせに五分遅れてきた克彦を見て弘貴は胸が痛くなるのを感じた。
克彦の頬は赤く腫れていた、うっすらと紅葉のようにも見えるそれは明らかに誰かの手のあとだ。
「どうしたんだよ、それ」
まだ生々しい頬の赤みに弘貴は手を伸ばしかけて、止める。心配で確かめたくはあるけれど、怪我に触れて痛くないはずがない。だからどうしていいのかも分からないままただ近くで克彦の顔を見つめるしかない。
克彦もこちらを見つめてきた。
永遠のように感じた時間は、けれど多分本当は数秒だったのだと思う。不意に、くシャリと克彦の顔が崩れて、
「兄貴に、『お前と別れろ』って言われたんだ、それで出来ないって言ったら殴られた。それで言うんだ、『別れるって言ってたら拳で殴ったんだからな』って」
泣きそうな顔で淡々と語った。笑顔を作ろうとしているのはわかるけれど、笑える筈がないというのは嫌になるくらい分かっていた。
それほど、彼にとっての兄という存在は大きいのだ。
誰よりも兄のことを大切にする克彦の態度に傷つき続けてきたのは弘貴だ。でもだからこそその大切な存在に逆らったという克彦の言葉が信じられなくて、馬鹿なことを聞いてしまう。
「後悔、してるの」
「してる」
迷いのない声だった、そのくせおずおずと克彦は弘貴の肩を掴んでくる。
「だって、俺、おかしい。兄貴の言うこときけないなんておかしい、あの人が嫌がることをするなんて昔の俺なら、絶対考えられなかったのに。お前を、離せない」
戸惑ったような目が真直ぐに自分だけを見ていた。
「俺のこと、好きなのか?」
「分からない、最初は男と付き合ってみたかった、だけの筈なのに」
自分自身すら理解できない感情、それは弘貴にも覚えのあるものだった。否定したくて否定し切れなくて、そして最後は我慢できなくなって身を任せた熱情。
「好き」
その感情が止められなかったから、自分は無茶をしてでも克彦を追いかけたのだ。弘貴は短い言葉でその全てをぶつけた、すると、
「悪かったな、俺だってお前のこと、好きだよ」
少し悔しそうな、克彦の声。
「悪く、ない。全然悪くない」
不器用な言葉が却って弘貴に克彦の本心を実感させてくれた。どこまでも克彦らしい、天邪鬼なくせに分かり易い愛の告白。
手が背中に回った、大きな手が弘貴の後頭部に回って持ち上げるようにして引き寄せる。
唇は熱かった。
「ん。・・ぅう」
強引にこすり付けるように押し付けてくるだけのキス。
克彦に息がかかるからと呼吸を止めていたから動悸がして、頭がくらくらする。
「弘貴」
抱きしめながら耳元で名前を呼ばれた。
それだけで、どうしてだろう、体がどんどん熱くなってくる。
もっと感じたくて克彦の背中をぐっと引き寄せる、密着した胸から鼓動が伝わってくるようだった。
ふと、頭の中に始めて付き合うことになったときの勝彦の言葉が蘇る。
『それって、セックスもありってこと』
今まで、克彦が自分に手を出してくることはなかった。あんなことを言ったくせに本当に弘貴に合わせたようなゆっくりとしたペースで彼は自分を大切にしてくれたのだ。
初めての、それも不自然な体験が怖くないわけない、でも今なら、どうなってもいい気がした。この幸せな気持ちのまま、全部奪って克彦のものにして欲しい。
深さが足りない、もっと奥まで、もっと奥で知りたい。
「克彦」
今度は自分から口付けた。
誘うように、兄達が冗談で教えてくれたような大人のキスを実践しようと舌を伸ばす。開きあった唇が繋がって、舌と舌が拙く絡み合った。
唾液が交じり合ってどちらの物か分からなくなっていく。
二人、別々の存在なのに一つに近づいていく、それは過程だった。それなのに、
「駄目だ」
克彦はそう言って、弘貴の事を話してしまう。
「どう、して」
この状態でどうして拒絶されるのか分からなくて、弘貴の目からは勝手に涙がこぼれている。克彦は苦しそうな顔をしていた、そして弘貴に頭を下げて謝ると。
「だって付き合うなら年相応の付き合い方をしろって、兄貴が」
そんな、情けない言い訳。
「また兄貴って、だいたい高校生なら、それ位、おかしくないだろ」
自分でも、大胆なことを言っているのは分かったから言葉は途切れ途切れになった。でも兄達は確かに自分の年にはそういった遊びをしていたようだし、それは全然おかしくないことだと訴えた、けれど、
「そりゃ、高校生になれば、いいんだろうけど」
弘貴はカッとなった。最初に出会ったのが高校の制服を着ているときだったからまさかそんな事はないとは思っていたけれど。もしかして、自分は中学生だと思われていたんだろうか。心外にも程がある。
「俺はもう高1だ」
「知ってるよ」
次の瞬間、沈黙が降りた。
突然思いついてしまった現実に、頭がうまくついていかない。
けれど自分が高校生であることを彼が知っていて、高校生なら体を繋げてもいいと考えているのに年相応の付き合いをするために、今は我慢すると言っていて。
「克彦、もしかして、もしかして」
ありえない、自分よりもずっと大きくて強くてしっかりしていて。でも少し抜けていてどこか可愛くて、そんな彼が
「中学生なのか」
「悪いかよ」
事実であるとはいえここまで驚かれると恥ずかしいのだろう叩かれていない方の頬まで赤くなっている。それは、彼が自分をからかっているという最後の可能性を打ち消すには十分で、
「もしかして、受験生?」
「・・・・・・・」
沈黙は肯定だった。
弘貴はどうしていいか分からない、まさか自分が中学生相手に性交に及ぼうとしていたなんて考えたくもなかった。そして今更ながら彼に任せきりだったこの関係が申し訳なくなる。
合わせていたわけではなかったのだ。
彼もまだ、子供でどうしていいのか分かっていなかっただけだ。お互いに手探り同士だったのだ。
「ふふ、ははははは」
急に馬鹿らしくなってきた、今までの悩みも、無理して背伸びしていた自分も。おかしくておなかのそこから声が出てくる。
「おい、俺の言葉かにしてんのか、こら」
物凄く怒ったときの克彦の癖、それは多分脅すためのものなんかじゃなくて精一杯の虚勢だったのだと今なら分かる。
「大好きだよ」
見上げていた時よりずっとその気持ちが強くなった。
「なっ」
見上げるようにしてにこっと笑った弘貴に克彦は言葉を失ってまた赤くなってる。
「馬鹿にしてんのかッ」
「してないよ、愛してるだけ」
気持ちがもう止まらない、大人ぶって隠そうとしていた素直な部分が勝手に湧き出してくる。
「克彦が、大好きだ」
最高の笑顔に、克彦はもう反論一つ出来なかった。
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