会いたくて、

 

 


その夜、俺はもうどうしていいか、分からなかった。
大野への思いは、もう紛れもなく重症だ。
中傷にも負けずに、堂々と柿坂や俺を見つめる大野は間違いなく格好良かった。
綺麗だとか可愛いとか、俺はあいつを誤解していた。
あいつはまるで、強化硝子のように強くて綺麗な奴なんだ。
邪な思いで、あいつを傷つけてしまう俺とは大違い。
そうやって大野の事を一つ知るたびに、好きな気持ちはより強くなる。
あいつの傍に居たい、話したい、触れたい。
でも友情としてなら簡単に叶うはずのその願いは叶う事はないのだ。
全てはあの夜の軽はずみな行動で。
一度知ってしまった肉欲は、今でも俺の中に熱として燻っている。
男だから愛せない。そんな御託を言う事なんて出来ない。
俺という人間は、雄を相手に欲情できるんだ、抱く快感を知っているんだ。
だから、
もう、引き返せない。
近づけば、きっともう一度求めてしまう。
もしも大野が女だったら、迷わずに好きだと言えるのに。
先輩と慕ってくる視線が、同性愛者に対する軽蔑に変わる事なんて耐えられない。
結局弱虫の俺は、何も出来ないまま。
ただ、生きてこの学生生活をやり過ごすしかない。
目と耳をふさいで待つのだ。
俺の上を、この時間が過ぎていくのを。

 

しかしそんな俺の願いは、予想もしなかった事で裏切られる事になった。
「ほぉりぃぐぅちぃ〜」
恨めしそうな重低音と共に背中に重みが来る。入学した手の頃なら何事かと思って飛び上がっていただろう、でも今はもう慣れてしまった感覚だ。
「なんだ」
呆れながら振り払うと、佐々木は上目遣いに見下ろしてきた。俺より背が高いから上目づかいにすると不自然なまでに下を向かないと目を合わせられないのだ。どうしてそこまでするのかは理解できない、でも嫌いではなかった。その佐々木が、
「お前、どうして黙ってたんだよ」
今日はどうやら本気で怒っているらしい、とはいえ俺には全く心当たりがなくて、
「何を」
そんな風に問い返したのは決してとぼけているわけではなかった、けれど、
「大野だよ」
その名前を聞いてドキリとする、まさか大野へのこの気持ちがばれてしまったのか。だとしたらまずい、佐々木はそう言うことに偏見がある奴じゃあないけど佐々木はかなりの世話焼きなのだ。どうやって誤魔化そうか必死で俺は考える、しかし佐々木は全く違う事を言って来た。
「あいつ、凄い経験者なんだろ」
「はぁ?」
初耳だった。
「そうなのか?」
俺は佐々木に遅れてやってきた柿坂を見る。
「はい」
答える奴の顔は青い、そりゃあそうだろう、そんな事こいつが一番信じたくないに決まってる。だって、
「でもこの間は凄い運痴だって言ってなかったか」
そう言って大野の入部に反対したのは柿坂自身なのだ、今更そんな事を言われても俄かには信じられない。
疑いの眼差しを向ける俺に柿坂は気まずそうに、けれど少し興奮した様子で語り始めた。
「それが、なんかあの時は体調が悪かったとかで。俺だって驚いたんですよ、体育の選択であいつがバスケにいて。嘘だろって思ってたらゲームになって。
とにかく凄いんです、シュートフォームとかイラストじゃないかってくらい綺麗で、ドリブルも低くてとてもじゃないけど取れないし」
本当なら確かに凄い。
だけどその話を聞いても俺にはどうもピンと来なかった。おかげで何も言えないで居ると、
「と言うわけで頑張ってくれ」
ぽん、と佐々木に方を叩かれる。
「って、何で俺が」
「辺り前だろう、大野はお前の後輩なんだから」
助けを求めようと柿坂を見るがこちらも思いっきり期待の目を向けてくる。けれど、
「できない」
今更もう無理な話だった、俺の気持ちを考えても、大野の気持ちを考えても。
「どうして」
「あいつは入学前からうちに入るなんて考えてないみたいだったし、俺もお前にはバスケは無理だって言った」
「なんだよ、それ。」
説明するよりも俺は柿坂を見る、こいつが共犯者だ。
「俺は、悪いけど状況が変わったからって前言を翻す事はできない」
言い切った俺に、しかし折れたのは佐々木の方だった。
「よく分からんが仕方ないか」
「え?」
いきなり味方を失って戸惑っているのは柿坂の方だ。
「こいつのそう言う頑固なところはどうしたって変えられないからな」
三年目に入る付き合いは伊達じゃないってことか、佐々木は俺の事を分かってくれている、それでも、
「俺は何が何でも大野を勧誘しますから」
柿坂は高らかに宣言した。

 


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