会いたくて、

 

 

練習試合の日がやってきた、連日の悪夢で体調は最悪。
それでも試合は進んでいく。
俺達のチームは身長を生かした高さのプレー。
何度も試合をしている相手だからそれはお見通しで、相手は外側からの攻撃を狙ってきた。
踏み込まずに踏み込ませない。
ディフェンスはゴール下のみでオフェンスは外から着く。
完全にペースに乗せられてしまった。
暗澹たる気持ちで居るから幻まで見える。
「は?」
試合中だというのに思わず声を上げるほど驚いたのはベンチにいた部員がその幻に声をかけたからだ。
そして、戸惑った顔をした少年は居心地が悪そうにベンチに座った。
しかしそれは束の間で、後は食い入るようにコートに視線を注ぐ。
いつになく大きい応援の声。
あいつが見ていると思うと、プレーに気合いが戻ってきた。
試合が終わるまでは諦めない。
スクリーンアウトでポジションを掴んで、何とかリバウンドを取って。
精一杯走って速攻をかける。
それでも、
結果は惨敗。
「「ありがとうございました」」
挨拶を終えてベンチに戻る足取りは重かった。
「はい」
それを迎えてくれるマネージャーの手にはいつもと違う見慣れないものがある。
レモン?
「はちみつレモン、大野君の差し入れです」
疲れた体に、甘酸っぱさが心地よかった。
「うまい」
俺が言うと、大野が破顔するのが分かる。
素直な笑顔は、やっぱり綺麗だ。
しかしその笑顔もすぐに居心地が悪そうに変わった。
そりゃそうだろう、入部を断られた部だ。俺なんかと顔を合わせるのが辛くないはず無い。
それなのに、どうしてこいつはここに居るんだろう、差し入れなんてすれば最後まで付き合わないわけにいかないって事は分かってたはずなのに。
あ、
俺はそこで漸く大野の真意に気が付いた。
「驚いただろ」
「はい」
言うと予想通り大野はギャラリーを見回して頷いた。と言ってもそこには勿論誰も居ない。
「言っとくけど、これが普通だからな」
そう、高校は普通じゃなかった。うちの学校のバスケ部は強かったのだ、俺が三年の時にはインハイでもいい線いってたくらいだし。その上見目のいいスター選手が一人どころじゃなく居た所為で練習試合なんていったら女子の黄色い声で体育館が埋まっていた。
同じクラスにいた当時の副部長に聞いた話では差し入れなんかも喰いきれないくらい来ていたらしい。
そののりを知っていれば、確かに軽い気持ちで差し入れを持って応援に来てしまうだろう。
「俺も実はあの高校に毒されてたんですね」
呆然と呟く。
「あそこは特殊だからな」
付属進学率が87%ってだけで驚異の高校だ。そんな昔を思い出しながら思い出話にふけっていると、
「大野」
そろそろ区別が付くようになった柿坂が大野の事を見下ろしている。こうやってみると身長はやっぱ20近く違うか?
「応援だよ。すぐ帰る」
何か言われる前に大野が切り出す。
「何も言う事無いのかよ」
「どうして?」
大野の口調はあくまで穏やかだ、先日の柿坂の暴言など、超越してしまっているかのように。
「実際この体たらくだからだよ」
「仕方ないよ、俺たちには勉強もあるんだから。部活にばっかりかまけてられないだろ」
傍から聞いていて、大野に悪意があるようには聞こえない、でも。
「言いたい事があるならはっきり言えよ、どうせお前だって心の中でざまあみろって思ってるんだろ」
負けたばかりで気が立っている柿坂はつい穿った見方をしてしまう。けれど大野は逆に不思議そうな顔をして、
「どうして」
あくまで静かな口調、さすがに柿坂もそれ以上は口にしにくいとあって黙り込む。
「俺は眩しいくらいだよ、そんな風に思える柿坂が。俺に色々言ったのだって柿坂が本当に強いチームを作りたいって思ってるからだろ。俺なんてもう本気で部活とかする気無いから、そんな風に言えるお前が羨ましい」
この表情を、いったい何と言っていいんだろう。透明で、悲しくて、それなのにどこまでも強い。
俺はこの瞬間心から大野を尊敬した、こいつは凄い奴だ。
「ごめんな」
柿坂もそれを感じたのか、恥ずかしそうに謝る。
「いいよ。そんな事言うより、その分バスケしろよ」
「ありがとう」
大野は笑った。やっぱり綺麗で俺は赤くなりそうな顔を押さえるのに必死だ。っておい、柿坂、お前まで顔が赤いぞ。
「ところでさ」
もじもじ、柿坂は言いにくそうだ。
「お前、バスケ詳し・・・」
「普通だよ」
皆まで言わせずに大野が答える。
「従兄弟もやってたし、見るだけなら腐るほど経験ありだから」
抑揚が減ってしまった話し方には気が付かず、柿坂は大野を認めたようだ、口調にもバスケを知る者に対する期待が混ざる。
「じゃあさ、どう思う、うち」
じっと大野を見つめながらそう尋ねるけれど、大野の答えは贔屓目にも参考になるといえるものではなかった。
「もっと3P狙ったらいいんじゃない、そう言うとこ消極的だと思う」
なんて簡単に言われてもな、3pなんてそうそう入るもんじゃない。それを狙えなんて素人考えもいいところだ。
俺と同じ事を思ったのか柿坂は失望したように何も言わなかった。その空気を感じ取ったからだろうか。
「それじゃ、俺失礼します」
大野はこいつにしたら珍しく、きつい言い方をして帰っていった。

 


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