会いたくて、
その夜、俺は大野との、短い関係を振り返った。
2度目の電話は合格報告だった。
「ありがとうございました。おかげで、俺、来年からまた先輩の後輩になれます」
一度電話があったきりだったからその時まで俺はこいつの存在なんて忘れていた。
「良かったな、じゃあ今の内にきっちり遊んでおけよ」
「はい?」
俺の言葉がよっぽど意外だったのか、裏返った声で聞き返してくる。
「理系だと、大学生活も結構忙しいからな。部活もあるし」
「部活、サークルじゃないんですか」
「ああ、大会とかもあるしな。妙に熱心なんだ」
そこで打算が働いた。何しろ小さな大学だから部員の確保は容易ではない。新入生に知り合いが居て誘わないわけがなかった。そしてそれ以上に、俺がこいつと一緒に部活をやりたかった。
と、話を振ろうとして、重大な事に気が付く。
「そう言えば、お前、名前なんだっけ」
「え」
この間の電話は俺が散々だったし、今日は今日でこいつの方が興奮していてじつは未だに一度も名前を聞いていない。
「あ、済みません、俺、大野って言います」
大野は慌てて謝った。
「大野は、部活とか入るのか。勉強も大変だけどそれだけじゃ息が詰まるからな、何かやっておいた方がいいぞ」
「はい、俺、大学では陸上をやってみようと思ってたんです」
「陸上?」
「はい、俺、足は遅いしチビだけど陸上なら、周りに迷惑かけないで済むから」
こいつらしい言い方だと思った、周りばかり気にしている。それは美徳なのかもしれないけれど、でも俺はなぜか納得がいかなくて、
「他人の都合ばかり考える必要はないんだぞ」
つい、そう言ってしまう。
「でも、いいんです、レギュラー争いとか、そういうのもう嫌だし」
だったら思いっきりバスケはパスじゃないか。俺もレギュラーになれなくて試合に出れなかった時に何度もやめたいと思った事もあった。陸上なら頑張ればそれで一つの結果を手に入れられるのにって思った。でも、俺は陸上をやめた、その理由があった。とはいえ、
「自分の限界が見えるのは、辛いぞ」
経験者として、言えるのはそれだけだ。大野の人生は大野のものだし、陸上もバスケもそれぞれ違う苦しさがあってだからこそ楽しいことも確かだから。
「・・・でも、試してみたいんです。」
俺の声の真剣さに大野は一瞬言葉を詰まらせたようだったけれど、その口調に迷いはなかった。
「そうか、じゃあ頑張れ。」
ここまで心が決まってるんだったら俺が言う事はもう無い。少しでも大野が自分を信じられるように背中を押すだけだ。声の笑顔なんていうものが本当にあるのかは分からないけれど、出来るだけ明るく、語りかける。
「またな、同じ大学だし、なんかあったらいつでも頼ってきてくれ」
「ありがとうございます」
大野の声は希望に満ちていた、だから俺は安心して、
「じゃ」
あっさりと電話を切った。
たったそれだけ。
入学式で対面するまで、大野との思い出はたった2回きりの電話だけだった。
それでも、楽しみだったんだ。
優しくて強い後輩。
少ない関わりの中でも強い好感が持てて。
入学してきたら、遊びに行こうとか面倒を見ようとか思ってた。
入学式で初めて見るあいつの、意外なほど頼りない外見に驚いてる俺に真っ直ぐ向かってきてからは、後輩として大事にしようと思った。
頑張れと言ってやったのは俺のこの口なのに。
俺はあいつのバスケへの可能性を絶ったんだ。
あれ、でもあいつ陸上に入りたかったんじゃなかったのか。そう言ってたから俺も勧誘を諦めたのに。
バスケ部?
嫌がってたレギュラー争いの部活?
俺が高校の先輩だから気を遣ってたのか?
大野との電話の事は、俺の中で疑問として残り続けた。
それから、
食堂で、廊下で、何度も見かけて、時には目があう事もあった。でも声をかける距離じゃなくてそのままだった。
話したいけどそれも怖くて、でも目で追わずには居られない。
俺はどうしてしまったんだろう。
最近あいつを見てばかりだ。
おかげで最近は知り合いとすれ違っても気付かないことが増えた気がする、今日も、
「堀口」
聞き慣れた声を聞いて俺は振り返る、パソコン部の宮下は、部活は違うもののいい友達だ。
「おう、なんか用か」
「いや別に」
だったら何で笑ってるんだよ。
「言いたい事があるならはっきり言え」
八つ当たりだって言う事は分かってる、でも思わせぶりな態度に言葉がきつくなるのを止められなかった。けれど、
「最近堀口って遠い目をするようになったなっと思って」
宮下は気にした様子もなく妙に楽しそうな顔で探るように俺を見上げてくる。
「何だよ、それ」
別にそう言う自覚はないから、何を言いたいのか分からなくて俺はつい間抜けな声を出した。
「とうとう春が来たって事だよ」
「そんなに俺呆けてるか」
言ったら奴は思いっきり吹き出しやがった。
「いや、お前やっぱいいわ。くくく、いや、マジで。だからさ、お前にもとうとう人生の春が来たのかって事さ」
「はぁ?」
「最近一年の方ばっかり見てるだろ」
え、
「居るんだろ、気に入った子が」
頭の中が一瞬フラッシュアウトした。
俺が、好き?
誰を?
俺が見てるのは大野だ。
それは、つまり。
好きだからなのか?
「おい、どうした」
心配そうな宮下の声も耳に届かない。
いや、そんなはず無い、あいつは男なんだぞ。でもじゃあ一体、
この感情は何なんだ。
友情?
友達になりたいのか。
その疑問をうち消す様に、大野の艶態が俺の脳裏によぎる。
今まで付き合ったどの女の子よりも綺麗で、
遠慮混じりの仕草で俺を誘う。
俺は一体なんていう事今妄想してしまったんだ。
大野は男なのに、こんな、女扱いするような勝手な想像。ここまで来ると相手を侮辱しているというより他無い。
だからダメだ、絶対、これ以上あいつを傷つけちゃ行けない。
もう、あいつには関わらない。
俺はそう心に誓った。