会いたくて、
体育館に着いた時には練習は終わりかけていた。時計の針は6時半。月曜は7時からハンドボール部が体育館を使うからそれまでには場所を空けなければならない。
今からじゃアップが終わった頃にはもうダウンだな。
でもせっかく来たわけだし、俺は着替えて体育館に出る。体操と柔軟をすませて筋トレをしているところで練習が終わった。
整理体操だけはみんなと済まして、追い出された体育館前で小ミーティングだ。
「じゃあ、今日は、まず来てくれた一年生の自己紹介から始める。1年生は名前と出身校と、今バスケ部に入りたいと思ってるパーセンテージを」
毎年恒例の質問だ、1年が高い数字を言えばその場で盛り上がる。
この日来ていた3人のうち一番高い数字を言ったのは勿論経験者の柿坂だ。
「小牧高校出身の柿坂徹です。バスケ部には、100%入ります」
そう言った瞬間、バスケ部一同大いに沸く。歓声を上げて190近い柿坂の背中を叩いて喜んだ。
「えと、来週には小笠原大学と練習試合だ、勧誘も大変だと思うが各自体調に気を付ける事。それじゃ今日は新しい部員も入った事だし、豪勢に飯でも食いに行くか。お前ら、来れるよな」
佐々木が明るくそう締めくくる。一人暮らしの奴も少なくないから部活後はみんなで飯を食いに行く事が多かった。ちなみに1年は勿論奢りである。
近くのファミレスに、合計20人。でんと居座って飯を食う。うちのバスケ部は全員でかいからかなりむさい。そりゃあ綺麗なマネさんもいるけどそれは勿論1年生の接待、俺たちのテーブルには来ない。
俺の隣に座ったのは、なんと柿坂だった。
「先輩、これからよろしくお願いします」
さすが体育会系、高校の頃からきちんと教育は行き届いている。下手な奴だと平気でため口使ってくるから、OBが居る非難かは気が気じゃない。
「おう、こっちこそ期待してるからな。一緒にバスケ部を強くしよう」
俺は気をよくして柿坂の方を叩いた。すると、
「はい、今日からは俺も、勧誘手伝いますね。ところで、大野ってこないだ飲み会に来てましたよね。あいつ、バスケ部入るんですか」
頼もしい台詞は嬉しいんだが、なんだかやけに深刻な顔だ。
「いや、わからん。俺が高校一緒だったからあの日は誘ったんだが」
「そう、ですか」
そこで柿坂は言葉を止めた。俯いて随分悩んでいるみたいだったから、俺は黙って次の言葉を待った。
「あいつは、勧誘しない方がいいと思います」
「どうしてだ?」
「その、無理だと思うんです。きついかもしれないけどバスケは団体競技だし、俺、強くなりたいから」
「何か問題なのか」
「はい、その今日体育でバスケだったんですけど。はっきり言ってあいつには無理です」
「そんなに酷いのか?」
俺は俄かには信じられない、確かに身長も低いし細身だとは思うけど筋肉は付いていたと思うぞ。
「はい、ドリブルは全く腰が入ってないし、シュートしようとすればボールを落とすし。あれ、シャレにならないですよ」
う、それは確かに、結構凄い。
「身長もないし、勧誘するだけあいつの負担だって思うんです」
俺はそう言う考え方は嫌いだった。身長とかそう言うので可能性を限定するのは何だか悲しい。好きこそものの上手なれ、ってその言葉を信じていたかったんだ。でも実際俺の口から出た言葉は、
「そうだな」
同意。
大野とは、もう関わらないと決めた。
大体バスケのレギュラーはたったの五人なんだ、入ってもらったところで試合に出れない可能性だってある。それに、
「あいつ他の部活考えてるみたいだったからたぶんもう来ないよ」
柿坂はそれを聞いて安心したようだった。
しかし、俺のこの言葉は、結局嘘になる。
次の練習日である2日後、大野は体育館に現れたのである。
俺はその姿を見てドキリとした。何故って、それは・・・。
よく分からないが一瞬にして心拍数が上がったのは確かだった。声をかけようか、迷っていると。
「大野」
現れたのは、柿坂だった。私服のままの大野とは違い、こちらはしっかりジャージ姿である。
「お前、バスケ部に入るのか?」
柿坂の言おうとしている事は明白だった、その台詞を聞けば大野が傷つく事も。それでも俺は柿坂を止める事が出来なかった。
怖いのだ、大野がバスケ部に入ると言う事が、俺の傍に居ると言う事が。
それは罪悪感だろう、酔っていたとはいえこいつを女のように扱った事に対する。
後悔なんて何度もした事があるけれど、償う事も謝る事も出来ないのは初めてだ。笑顔を見る度に、胸が痛くなる。
俺は大野の方を見られないまま耳だけはずっと集中させていた。
柿坂は想像通り大野に宣告を下していた、お前では最後まで試合には出られない。言い方は少しは婉曲にしていたが言っている内容はごまかしようがない。
「俺、嫌いだよ。そう言う考え方。そりゃあ身長はあった方がいいと思うけど、持って生まれたものだけで決めつけられたくない」
珍しく強い口調に、思わず二人のほうに視線をやれば。
「でも事実なんだよ。堀口先輩だってそう言ってた」
「え」
零れ落ちるんじゃないかというほどに見開かれた瞳に、凍り付いたような声。
「佐々木」
居た堪れなくなって、俺は佐々木に声をかけた。忙しそうに話している上級生に話しかけられる下級生なんてまず居ない。俺は逃げたんだ。
そして佐々木と別に急がない用事を話して次に見た時、そこに大野は居なかった。
その時、もし練習が始まらなかったら俺は大野を追いかけていた。傷ついてしまった心を、少しでも何とかしてやりたくてしょうがなかった。