会いたくて、

 

 

 


結局その夜の打ち上げで大野はレギュラーになった。
ゼッケンは4、俺は8番だから少し補欠気味だ。
これじゃもっと頑張らないと大野と同じ舞台には立てないな、気合い入れないと。
発表の時、大野の抜擢に異議を唱える奴は居なかった。レギュラー落ちした依田が一番に拍手をしたのも聞いてるんだろうけど、それを差し引いても皆、大野の実力を認めてるだ。
大学生生活の全部をかけても追いつけない、悔しいくらいの実力は、けれど味方となれば頼もしいのもまた事実。
「いいとこ見せろよ、ルーキー」
そんなことを言いながら、次々に大野のグラスにビールを注ぎに行く。
今日は会計責任者で飲めない俺は、レギュラー発表の時の一杯だけ空けて後は少し離れたところで佐々木たちと飲んでいた。
水野と遠藤は体調不良を理由にこの場には居ない、それと対称的に依田と大野は何事もなかったかのように笑い、酒を飲み、話していた。
意地っ張りで負けん気が強いところは、実は似たもの同士なのかもしれない。
俺だけが、昼間の出来事を引きずって上手く笑えなかった。幸いスタメン落ちしたことで落ち込んでいるのだと周囲は思いこんでくれて、俺は小さく息をつく。
「お前のそういうところ、俺は好きだよ」
唯一事情を知っている佐々木が、肩を叩きながら鶏の唐揚げを勧めてくれた。食欲はそんなにある方じゃなかったけれど、さっくりと揚げられた鶏肉は柔らかくて。
少しだけ、現実に戻れた気がした。

 

それからに2時間後、久しぶりに正気のまま飲み会を終えて皆をホテルに誘導した俺は、
「先輩、話があるんですけど」
しっかりとした口調で、大野に呼び止められた。
初めの印象でどうも酒に弱いと思い込みがちだが、こいつがザルを通り越して枠だということもいい加減学んでいる。だから見た目だけじゃなくて本当に素面なんだろう
「別に構わないが」
どこで話すかな、出先のホテルって実は自室以外にくつろげる場所がない、と言っても俺は依田と相部屋だし。困っていると
「先輩、大野と話してくらさい、俺部屋変わりますから」
タイミングのよすぎる柿坂の申し出、まぁありがたいから受け取っておくか
「分かった、すまないな、荷物は」
「どうへ寝るだへなんれ、明日の八時にとりに行きます」
確かになんとか話してはしているが、さっさと横になった方がいいような雰囲気だ
「大丈夫か、送るぞ」
あまりに心配だったから俺はそう言ったけれど、柿坂は平気平気と手を振りながら行ってしまった、うーん本当に大丈夫なんだろうか。
やっぱり部屋に着くまで見届けないと、そう思って俺は書き坂を追おうとした。けれど、
「じゃあ、俺達も行きましょうか」
常にない強引さで俺の腕をつかんで、大野は五階の自室に向かう。
ツインルームの部屋には対照的なシングルベッド。
大野は片付いている方に鞄を置いたから、この座る場所もないようなベッドは柿坂のものなのだろう。
って、この荷物だらけのベッドで寝るのか、俺。
思わず立ち尽くしていると、
「取り合えずこちらに」
大野が慌てて自分のベッドを薦めてくれる。でも持ち主がここにいるんだし、俺は柿坂のベッドに場所を作って腰をかけた。大野も正面にある自分のベッドに腰掛けて
ベッド同士は三十センチくらいしか離れていないから、嫌に近くに顔が見える。
その上背もたれもないから前のめり気味で、大野の長い睫毛が数えられるんじゃないだろうか
どうしよう、真面目な話の前だって言うのに、これじゃ
でも駄目だ。
俺は何とか自分の欲望を押さえ込んで大野に向き合う。
いくらなんでも不謹慎すぎる、あの時大野はあんなに怯えていたんだから。
どんな時でも諦めのよすぎる大野が本気で手移行してたんだ、それだけ心の傷は深い。
そう思うと昔の所業がさらに悔やまれて、些細な言葉一つ発することが出来なくなった。そんな俺の自己嫌悪に気付いているのかいないのか大野はさらりと本題を切り出す。
「俺、バスケ部をやめようと思うんです」
「どうして」
尋ねながらも俺は既に納得していた。あんな目にあったら誰だってやめたくもなるだろう。元々俺が無理を言って勧誘したのだ、大野はバスケは好きでもバスケ部が好きだったわけじゃない。
だから実は殺気もこいつがあっさりレギュラーを受けた事が意外に思っていたんだ。依田と同じ、この遠征を大切にしたいというそれは、優しい嘘。
俺の問いに大野は笑うだけで答えなかった。だから、未練が断ち切れなくて俺は本心から大野に語りかけた。
「やめるなよ、言っただろ俺はおまえと一緒にゲームがしたい」
我侭だって分かってるけど、嘘はつきたくなくて、ただ伝える、気持ち、すると、
「でも、その所為でスタメン落ちですよ」
うわ、はっきり言ってくれるな。でも、
「誰かが諦めたた椅子なんて欲しくない、実力で勝ってお前に追いつく、難しいかもしれないけど、夢になるのは諦めた瞬間だから」
だからたとえおまえ自身に何か言われたって俺は諦めない
「バスケをやっているときのお前が好きなんだ、お前と一緒にバスケしたい。いや、違う。俺はお前の傍にいたい」
まるで愛の告白みたいだった、でもそんな事は構ってられない、本心でぶつからなきゃ気持ちなんて通じない。
「いいんですか、俺がレギュラーで」
「そうしろって言ってる」
大野はガクリと俯いて笑顔のカケラもない顔で俺を見て言った。
「先輩バカですよ、大馬鹿です」
いや、確かにそうかもしれないけど。
それで損をするのが自分だけなら、俺は馬鹿なくらい正直でいたい。だって大野の顔がみたいから、バスケをやっているときの真直ぐで屈託のないあの顔を守りたいから。
「お前を傷つけたって分かってる、でも。傷ついたままで終わって欲しくないんだ。守るから、守らせてくれ」
償いに、ならないかもしれない。でも依田たちの分も、俺が犯してしまった過ちも全部差し引きゼロになるくらい大野を幸せにしたい。この気持ちが、伝わればいいのに。
じっと大野の黒目がちな瞳を見つめて、返事を待つ。
どれだけの時間が経ったか分からない。
「先輩の所為なんですからね」
不意に固かった顔が柔らかくなって、
なんだ、一体俺が何したって言うんだ。混乱する俺の頭は、次の大野の台詞で真っ白になった。
「好きです」


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