会いたくて、
俺達は辺りを見回した。依田と遠藤と水野と、お互いの唇を見て。
違う。
誰もしゃべってない。
それなのに声は続く。
「練習だって俺の方がやってる。バスケ歴だって長い、それなのにどうしてこいつなんだ。どうして俺じゃなくてこいつが選ばれる。俺が約束されていた舞台に上がっていく。ムカツクムカツクムカツク・・・」
全く抑揚のない響きが、却って感情の深さを感じさせた。
声の主は大野だった。
それなのに、それは俺達全員の心を代弁する様な告白で。誰もが行動と言葉を失う。
声は続く。
「頑張った、でも勝てない。どうして 俺は頑張ってるのにこんなに頑張ってるのに。これからもずっとそうなんだあいつはずっと表舞台で俺はそれを見てるだけ。最後のチャンスなのに、卒業してしまえばもうこんな風にバスケは出来ないっていうのに。あのコートを駆けられない。強い敵とボールを取り合ってチームで一丸となって。そんなの全部俺には関係ないんだ、試合に出られなければ何も手に入らない」
依田が、崩れ落ちた。
見せ付けられる真実は、絶望をもって胸を抉る。
大野の言葉が、敢えて目を背けていた漠然とした不安を赤裸々に曝け出す。
「全部終わったんだ、もうチャンスもない、だってそうだろ練習したって俺は練習しないあいつに勝てないんだから。憎い、憎いよ、俺からバスケを奪っていく奴らが」
「大野、もうやめろ」
いくらなんでも言いすぎだ。
俺は大野の肩を揺さぶってその口を止めようとする。
依田たちの顔からは血の気が引いていて、手がプルプルと震えている。
事実だからこそ口にしてはならない言葉があるんだ、お前なら分かるだろ。
俺は必死で大野に訴える、それでも、
大野は止まらなかった。
「滅茶苦茶にしてやろうか、そうだその位の事は俺の不幸からしたら当然の権利だ、あの憎らしい顔を殴って歪ませてやったら少しはこの胸は軽くなるだろうか」
「やめてくれ」
耳を塞いで水野がうずくまった、しかし大野は止まらない。一つ大きく息をついて、続ける。
「それが限界、駄目なんだ、あのプレイ、俺自身が負けたと思ってるんだ。失えない。顔は殴れても腕を折ったりはできない、殴る事はできても追い出す事はできない、だって」
一瞬の迷いの理由は分からない、それでも、
誰にも止められなかった言葉が、とうとう放たれる。
「だって俺はこいつのバスケが好きだから」
チームにとって必要なのは自分ではなく相手なのだと語る言葉を最後に、静寂が空間を覆った。
誰一人動けないその中で大野はシャツの戒めを自力で外し、何事もなかったかのように着衣を戻していく。そして、
「と、以上が俺の見立てです」
さらりと言ってベッドから降り立って、そのまま立ち去ろうとした。
「ふざけるな」
水野が弾かれたように立ち上がって、大野につかみかかる
「分かったような口ききやがって、そうだよ、その通りだよ、お前を憎むと同時に憧れてたんだよ、俺は。お前みたいに才能のある奴にはわからないだろうがな」
悔し涙が歪んだ顔の上で光ってる。それはまるでこいつのジレンマや葛藤を表しているかのようで、
辛いんだ、辛くてしょうがないんだ。才能の壁ってやつはそのくらい容赦ない。
「俺はただ、バスケが、皆と」
遠藤のその気持ちも分かる、好きだから頑張って、その成果を出したくて。一緒に練習して苦楽を共にしたからこそ、そのチームで戦いたい。
きっかけの気持ちは、俺の中にだってあるそんな願い。
大野がさっき言ったとおりだ。チームが大切だから、外されないメンバーの為にも大野からバスケの道を奪ったり、大野を追い出したりそんな事はしようとしていなかった。
許される行為ではないけれど、最後の一線は守ろうとしていた三人。
大野はその胸の内を暴いて、プライドを粉々に打ち砕いたんだ。
「言い過ぎました。すみません」
涙を流す遠藤の横を、大野はそれだけ言って通り抜けようとした。
その顔はいつもと変わらず、否、いつも以上に涼しくて罪悪感の欠片も見当たらない。
違和感を覚えた、大野はたとえ正当防衛であっても相手を傷つければ心を痛めるような奴だ。普通に考えて、こんな顔をするだろうか。
この態度は、作り物だ。
どうして俺は気付かなかったんだろう、大野の過去を、知っていたのに。
そう、違った。
こいつは依田たちの気持ちを暴き出したわけじゃない
淡々と語られた冷静な言葉の全ては、大野自身がずっと隠してきた生の感情だったんだ。高校時代努力の果てに影に徹することしか出来なかった大野の。
同じ思いを抱えながらそれでも、毅然と立っている大野が綺麗過ぎて。
どうして俺はもっと早くこいつの言葉を止めてやれなかったんだろう。
傷ついたのは一度でもコートに立ったことがあって、これから先もその可能性も残されてる依田たちじゃない。立った一度も正式な試合のコートに立つことのできなかった、大野の方なんだ。
俺の横を通る時、飄々としていた大野の顔が一瞬だけ崩れた。
途方にくれた迷子のような顔。
依田たちと何も変わらない絶望を突きつけられた者の顔。
頼りない姿をしっかり抱きしめてやりたかった、俺は手を伸ばした、その時
「すみません、大野いませんか、堀口先輩の部屋に入ったって聞いたんですけど」
インターフォンに続いて、この場にあまりに不自然な柿坂の声が聞こえてくる。
「居るよ」
いつもの穏やかな笑みで大野が鍵を開けた。そして、
「どうかした?」
何事もなかったかのような顔で尋ねれば、柿坂が怒鳴った。