会いたくて、
冬には炬燵にもなる便利なローテーブルに向かい合うと、俺は手に持っていた紙パックを大野に示した。
「牛乳、飲めるか」
「はい、平気です」
気持ちのいい返事に俺は2つのグラスに牛乳を注ぐ。朝はやっぱりこれがないと落ち着かない。
「先輩、凄いですね」
手際よく料理を並べていく俺に、大野が小さく簡単の溜息を付いた。
「大したこと無いさ、朝ちゃんと食べないと一日辛いからな」
「そうなんですか、俺なんて朝弱いからしょっちゅう抜きですよ」
尊敬の眼差しなんて慣れてないからとても落ち着かない。
「ほら、いいから食え」
「はい、いただきます」
小さく手を合わせてから箸を取る姿はどことなく幼い感じがする。これで一つしか年が違わないなんて結構詐欺だ。
「美味しいです」
「それは良かった」
食事の時にはあまりしゃべる習慣はないのでそれ以降は俺も黙って自分の分に手を付ける。ふと目の前の皿を見て、
「トマト、好きなのか?」
真っ先になくなっているトマトに気が付く、
「ええ、はい」
曖昧な返事、でも少しでも喜んで欲しくて。
「じゃあやるよ」
そう言って自分の分をやると大野はすぐに食べてしまった。よっぽど好きなんだな。
「もっと出そうか」
喜ぶ顔が見たくて、俺は席を立とうとする。けれど、
「い、いえ、結構です」
慌てて遠慮してきた、確かに新入生相手に気を遣いすぎるのは相手に恐縮させてしまうだけか。
俺は結局もう一度座りなおして、それからまた黙々と食事をした。
朝日も柔らかな静かな朝、二人の空間は何だか居心地がいい。
なんかこいつ相手だと誰かと一緒だって言う気負いが無くていいんだよな。なんて言うか安心してここが居場所なんだって思える。
先に食べ終わって、俺は改めて大野の事を見る。
小さいな。身長は、170くらいか?
今周りにいるバスケ部の野郎どもとは大違いだ。
肩幅は小さくて、肌もその辺の女よりもずっと繊細で白い。顔だって大きな目に長い睫毛小さな唇はふっくらと赤くて、要は綺麗なのだ。それでいてこいつは決して貧弱ではない。付くところにはしっかり筋肉が付いている。
瞬間、それを確かめた方法を思い出して頭に血が上る。俺は、この後輩を、
あんな事をしておいてしらばっくれるなんてやっぱり許されるわけが無い、俺が両手は両手を床について謝ろうとした、けれど
「ごちそうさまでした」
丁度その瞬間聞こえた穏やかな声に、謝ろうと思っていた心がまたくじけた。頼むからそんなに綺麗な目で俺を見ないでくれ、余計に自分を許せなくなる。
大野は黙って自分と俺の分の食器を片づけた。
「おい、そんな事しなくても」
「いいんです、やらせてください。昨日からあんなにお世話になって、何かさせて貰えないと心苦しいですよ。
そんな大野の律儀さは生意気な後輩が多い中で貴重にすら思える。手際よく食器を洗っていく姿に。
「慣れてるんだな」
俺なんて未だに時々皿を割ってしまうものだからつい感心してしまえば。
「家にいた頃から手伝いはさせられてましたから」
はにかみながら大野が答える。
「じゃあ、もしかして料理とかも得意か?」
「普通ですよ」
謙遜家のこいつがそう言うのだから結構な腕前なんだろう。だとするときっと俺よりもっと文化的な生活をしてるんだろうな。
「そう言えばお前、一人暮らしだっけ?」
高校が東京だったのだから普通はそのはずだが、年に何人かはルームシェアや下宿の奴がいるから一応確認する。
「はい」
「家、どの辺?」
「榴ヶ岡の1丁目です」
家からは学校を挟んで反対側だ、歩いて十五分ほどの距離。
「じゃあ道わかんないだろ、送るな」
俺が笑うと大野はなぜか少しだけ顔を紅くした、その顔が妙に可愛くてなぜか鼓動が早くなった。けれど、
「すみません。あ、あのそれで。俺の服」
大野が俯き加減に言い出すと全身の血の気が一気に引く気がした。
まずい、こいつの服は昨日の情事の跡をしっかり残してしまっている。
やっぱり、ここはきちんと謝るしかない。土下座してでも何してでもちゃんとしておく事がこいつに対する誠意だ。
「実は」
と、口を開いたのだが
「やっぱり、昨日、俺やばかったんですよね。服とか、そのやっぱりげろまみれですか」
「え」
思いもしなかった展開に、俺は二の句を告げなくなる。
「その、昨日の記憶全然無くて。でもそこまで酷い感じじゃないんだから昨夜は戻したのかなって」
大野は少し大きい俺の服の袖を弄りながら怖々と俺を見る。
どうやらこいつの中ではしっかりそう言うストーリーが出来ているらしい。本人が納得してるんだったら、やっぱり合わせた方がいい。知らない方が幸せな事だって決して少なくない。
「そう、だな」
嘘は馬浮くつけただろうか、自分ではぎこちない気がしてしまう台詞。
「で、俺の服なんですけど」
「一応、洗濯機回したから今日は俺の服で我慢してくれ、どうせサイズ間違えた所為で新品同様だから」
「何から何まで、すみません」
大野が小さくなって謝る。
「気にするなって、新入生には良くある事さ。」
実際、咄嗟の嘘は去年友達が経験した話だ。
特にする事もないので、それからすぐ俺たちは家を出た。俺のマンションは大通りから少し入ったところにあるから分かりにくい。案の定大野もこの辺りに来た事はないようだった。それから学校が見えてきて、
「あ、ここでいいです。本当にお世話になりました。」
「大したことはしてないよ。で、服は俺のロッカーに入れといてくれればいいから。番号は002057。お前の服も明日にはそこいれとくな。」
大荷物持って3年の教室には来にくいもんな。
「ありがとうございます。」
大野は深く一礼して、大通りに消えていった。
本当、最後まで礼儀正しい奴だったよな。
あ、そう言えば部活のアピールするの忘れた。でも、それでいいんだ、百七十そこそこの身長じゃ経験者でもない限り試合には出れないし。
第一、俺たちはもう関わらない方がいい。大野が知らなくても、俺が彼奴の信頼を裏切ったのは事実なんだから。