会いたくて、
店の前に戻ると、少しは回復したのか何とか顔をあげて柿坂は小さく頭を下げた。
「随分飲まされましたね」
息の荒い同級生の顔を覗き込みながら、大野が苦笑する。けれど、
「それはお前もだろ」
心配なのはむしろ大野の方だ。前の時だってあんなに前後不覚だったと言うのに、今回は多分それよりずっと大量のアルコールを摂取させられている。
「俺は大丈夫ですよ」
以外にもはっきりした声で大野は答える、確かに見た目は相変わらず色白のままだし一見酔っているようには見えない。でも、これで実は翌日記憶がなくなってたりするのだ。
「いいや、心配だ」
ぎゅっと力をこめて、俺はようやく大野の手をつかんだままだったことを思い出す。
「悪い」
「いえ」
全然普通のやり取りなのに、意識してしまっているからどうしてもぎこちなくなる。目をそらすと、そのまま沈黙が俺達の間におりた。
沈まれ、心臓。
ドキドキしているのはアルコールの所為だ、と思いたい。
こんな街中の路上で、同性相手に思わずよからぬ事を考えているなんて流石に自分の節操のなさが嫌になる。
駄目だぞ、俺、酒で後悔したのはつい最近のことだろ。
必死に自分に言い聞かせていると、
「うぅ・・水」
柿坂の、息も絶え絶えな声。
「柿坂、歩けるか」
俺より先に大野が柿坂と、視線を合わせながら問いかける。柿坂は小さく頷いた、
「じゃあ、そこの自販機まで行こう」
それは、初めて聞くくらいに優しい声だった。だから俺は酔っ払いが酔っ払いを解放しようとしている状態を止めるのを忘れてしまう。
「大野?」
慌てて追いかければ、
「こいつの家、近くなんでこのまま送ります」
確かに、どうせ転がっているなら路上よりも自宅のベッドの方が何倍もいい。ここでこのままいても回復しそうにないから場所を移すことにしたのか、
「車、出さなくていいのか」
俺自身は持っていないけれど同級生には自家用車を持っている奴もいる、そいつを呼び出して送ればいいと思ったのだが、
「そんなことしたら、後で柿坂が恐縮の嵐ですよ」
帰ってきたのはそんな苦笑。そして慣れた足取りで細い路地の角にある自動販売機まで柿坂に肩を貸して歩いていく。
「トマトーー、トマトジュース」
自動販売機に付くと柿坂は急にそう主張し始める、けれど勿論普通の自動販売機にトマトジュースは売っていない。
「酔ってるんだし、スポーツドリンクにしておこう」
俺はそういいながら奢るつもりで財布を出すけれど、
「トマトに含まれるーーリコピンは二日酔いにいいんれすよー」
頑として譲らない柿坂、けれど俺はついそのまま商品ボタンを押してしまった。
ガコンと音がして、500ミリのペットボトルが取り出し口に落ちてくる。
「ほら」
蓋を開けて渡せば、ごくごくとのどを鳴らして飲むくせに、
「トマトジュース」
まだ言うか。
仕方ないな、こうなったらちょっとひとっ走りコンビにまでいってくるか、あそこなら流石にあるだろう。
俺はそう申し出ようとした、でもその前に
「分かった、トマトジュースなら俺の家に大量にあるから全部やる。だから今は大人しく家に帰ろう、な」
大野があやすように柿坂にそう告げる、するとそれで満足したのか柿坂は大人しく歩き始めた。ふらつく柿坂を、大野はうまく誘導していく。その様子に一瞬見惚れて、
「そう言うことは俺がやるから」
俺のバカ、だから酔っ払いに酔っ払いを任せてどうするんだよ。
俺は強引に二人の間に割り込んで柿坂に肩を貸した。
「あっ、えと、ありがとうございます」
大野は何か言いたそうだったが、柿坂と間違いなんて起こされたら俺は多分どっちも許せない。なんとしても柿坂をさっさと送り届けて、大野の方も確実に自宅に連れて行かなければ、
焦る気持ちに歩幅が大きくなって。
「うわぁ」
こけそうになったのは柿坂のほうだ、我ながら、格好悪い。でも、
「はは」
大野は笑っていた、なんだか凄く幸せそうに、嬉しそうに。
「どうした?」
笑い上戸だったのだろうか、怪訝な顔で問い返せば、
「何かいいなって思ったんです」
遠い眼をしながら、そんな言葉が返ってきた。不器用でアットホームで一生懸命で、そんな感じがとてもいいと大野は語る。だから俺は呆れて、
「お前もその一員だろ」
わからずやの石頭を小さく小突いた。大野だってもうバスケ部の仲間なんだ、一緒にバカだってしたいし同じように大事・・・にする、してみせる。
大野の為なら俺個人の欲求なんて我慢できると思う、大野の為なら俺は普通のいい先輩になりたい。
だからそんな他人みたいな顔はしないでくれ。
願いをこめた見つめれば、何故か大野は目をそらして、
「あ、付きました、そこの角のマンションです」
まだ50メートルくらい先にある建物を指差しての、ちょっと強引な話題転換。こいつにしては珍しい行動だったから、困らせたくなくて俺はそれ以上追及できない。代わりに、話題を振ろうと考えて、
「トマトジュース、好きなのか」
そんな事を思いついた。そういえば初めてうちに泊まったあの日もトマトを凄く食べてたし、もしかしたら大野の好物なのか。とリサーチするつもりだったんだが、
「俺、トマトジュースは全く飲めないんですよ」
返ってきたのは不思議な答え。
だったらどうして大量に家にあるのか、意味が分からない。
「じゃあ何で、大量にあるんだ」
「それは、もらい物で」
大野はそう言う、けれどトマトジュース嫌いの人間にトマトジュースを大量に贈る人間が果たしているだろうか。
この間の家での本雪崩といい、大野のプライベートには妙な謎があるようだった。