会いたくて、

 

 

「ここです」
そんな言葉とともに大野に導かれた部屋には1208号室と書いてあった、そしてその下に俺は意外なものを見つける。
「ネームプレート出してるんだ」
俺もそうだが一人暮らしの大学生で表札をわざわざ出しているやつは珍しい。近所付き合いをする訳でもないし、最近は個人情報とか色々あるからな。
ましてや大野にはなんとなく他人を拒絶するようなところがある。本人も本意ではないのか、
「皆さん出してるんで出さないのが変に見えるんですよね」
 答える顔には苦笑の色が濃かった。それにしてもこのマンション、なんだかドアの数が少ない気がする。
「ここってファミリー用か?」
「そういう人が殆どみたいです」
扉を開けて入った部屋の中は良く片付いて広かった。入ってすぐにダイニングキッチンがあって置くにもまだ部屋がある。
俺のワンルームとは大違いだ。でもまぁうちの高校自体金持ち学校だったし、金には困ってないんだろうが。
それにしても広い、無意味に広いぞ。
「どうぞ」
と、進められるテーブルも洋式の大きな物だ、ガスレンジではケトルから白い湯気がでていた。
「紅茶でいいですか」
「ああ」
俺はすっかり気後している、自慢じゃないが貧乏性なんだ。
しかし予想に反して、出でてきたのはスーパーでよく見る50パック入りのティーバックだった。食器も百円均一で見た事があるちょっと安っぽいがらの付いたもの。
そうだよな、大野みたいに付き合いやすい奴が、住む世界が違うなんて事があるわけないんだ。安心すると自然に口元が緩んだ。それに釣られたように大野も小さく微笑んで、
「わざわざ来て頂いてすみません。先輩の家からだと近くはないでしょう?」
「まぁ、単車だからな」
歩いて20分ほどの距離もバイクならそうかからない、それよりも大変だったのは大野の方だ。前に家の泊まった時にはこんなに遠くだとは知らなかったから歩きで帰らせてしまった。
あの時も2ケツしてやれば良かったかな、そうすれば二日酔いの身体で無理をすることもなかったし。
って、ちょっと待て、俺。
今、何を考えた?
二人乗りという事は大野は自然俺にしがみつくって言うことで。
絶対無理だ!
下半身に自信が持てない。
勝手にドキドキしている俺の邪な心に、大野は気付いていないようだった。無邪気な顔で、
「いいな、俺も免許欲しいです」
「大野って、免許持ってないのか」
 俺達の高校は付属だったし禁止されてないから三年の誕生日が来ると大抵の奴が車の免許を取る。受験組みは流石に進学が決まってからだが、俺だって卒業式の頃には免許を持っていた。大野は、
「時間が無くて」
 そう言ってはにかんだ、それが少し悲しそうで。
「でも持ってないから、助けてやれるんだよな」
 元気付けたくてそういえば、
「先輩ダメですよ、そんなに甘い事いうと、俺自惚れちゃいますから」
くそ、そんな顔で笑うな、抑えが効かなくなる。
「そういえば」
 俺は何とか話題を逸らそうと横を向きながらとにかくそう言う。けど咄嗟に話が思いつかなくてそこで止まってしまう。
 くそ、話題、話題。真剣な話は、今俺の方が出来る精神状態じゃないし。えーと。
 俺は必死で言葉を探す、すると、
「言い難いこと言わせてすみません、分かってはいるんです」
 まだ一言も話してないのに、何を勘違いしたのか、大野がはっきりとした口調でそう言った。
「大野?」
 思いつめた顔に、俺はとんでもない誤解を与えてしまったんじゃないかと青くなる。
「余裕がなくて、すみません」
 何で謝るんだよ、俺は訳が分からなくて混乱する。
「俺は何も言ってないぞ」
 それだけ言うのが精一杯だった。
「でも、俺に協調性がないのは本当のことですから」
 それはあまりにありえない一言だった、少なくとも俺にとっては。
「そんな事ッ、お前は凄いいい奴だし、気も使うし」
 大野が自分を卑下する必要なんて全然ない、だから悔しくて俺は気がついたら身を乗り出していた。
「それは先輩が特別だからです」
 至近距離で真直ぐ向けられる言葉。
「大野ッ」
 勝手な期待が走り出して、俺は大野に手を伸ばそうとした、その時、

 

ドンがらがっしゃーーーん

 

隣の部屋から凄い轟音が聞こえてくる。
「すみません」
大野が慌ててドアを開けると、中は惨状だった。床には足の踏み場もないほどのファイルやらプリントやら新聞やらが散らばっている。そのくせ一番奥のパソコンデスクだけがそこだけ綺麗で目に付いた。
でもそんなのが見て取れたのは一瞬で、すぐにドアは閉められて、
「何もないみたいですね」
にっこりといつもの調子で大野が言う。
いや、どう見てもおかしいだろ、あれは尋常じゃない。
「本当に、そう思うのか」
恐る恐る尋ねれば、
「はい、だってファイルの山が崩れただけですよ」
だけなんて言うレベルじゃない、あれは絶対に。
「でも、片付けた方がいいんじゃないのか?」
俺は一応そう言ってみた、けれど大野は頑としてそれを聞かずに俺を元のテーブルに戻してしまう。そして、
「優先順位の低いものを切り捨てるのには、慣れてるんです」
自嘲気味に笑った。その言葉の正確な意味は、俺には分からない。でも、
「だから一緒に飯にいったり、思いっきりバスケに打ち込んだりしないのか?」
そんな、気がした。大野は微笑むだけで答えない、つまりは正解なのだ。でもそれで少し謎が解けた、こいつらしくもない妙に冷たい態度や普段の付き合いの悪さ。それは大野が切り捨てると結論した結果なんだろう。でも俺に対しては違う、それを、大野は特別だと言うけれど。
「何で俺は特別なんだ?」
理由が分からなかった、でも胸のどこかで期待してたんだと思う。
大野の言う特別が、俺が大野を特別に思う気持ちと一緒なんじゃないかって、だから、
「だって昔の自分を知ってる人の前じゃ大学デビューなんてできないでしょう」
その一言に、俺は一気に奈落のそこに突き落とされたような気がした。
ああ、そういう、事だったのだ。
高校が繋がっているから昔の自分が顔を出す、それが、俺にだけ大野が優しい理由。
さっき、勘違いしたまま手を出さなくてよかった。
そう思うとまるで、本の雪崩が神様のくれたチャンスのような気がしてくる。
この関係を崩さない為に。
「俺がいると片付けられないだろうし、そろそろ邪魔するな」
「そんな、遠慮しないで下さい」
大野は恐縮したように慌てる、けれど。
「弁当はお前が食ってくれ」
言い残して俺は逃げる。
大野は見送りにも来なかった。


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