会いたくて、
その夜、俺は大野を知っていそうな奴に電話をする事にした。
思えばどうしてもっと早くこうしなかったんだろう、俺は自分のうかつさを呪いながら名簿をめくって番号を調べる。相手はバスケ部の副キャプテンだった柏木だ。
「もしもし、俺高校の時に一緒だった堀口だけど」
突然の電話に柏木は驚きながらも弾んだ口調で、気がつけば相手のペースで思い出話に花が咲いてしまっていた。そう言えばこいつって凄い話好きなんだっけ、中々本題に入れなかった以前の付き合いを思い出しながら俺は相槌を打つ。
久しぶりの会話に柏木は上機嫌だった、しかし、
「お前さ、大野って知ってるか?」
伊を決して切り出して、
「って、一学年下の大野裕也か」
その問に俺が頷いた途端、声のトーンが一気に落ちる。
「ああ、その学年に同姓同名が居ない限りは」
どうしてこいつはこんな反応を示すんだろう、わからなくて自然と俺のほうも声が小さくなる。
「・・・・・不意打ちだよな。今更その名前を聞く事になるとは思わなかった」
珍しく自嘲的な響きに、俺は二の句が継げなくなった。
「柏木?」
やっとのことで名前を呼ぶと、少しだけ冷静な声が返ってくる。
「知ってるよ、でも何で堀口が大野に興味を持つの?」
「うちの大学に、入ってきたんだ」
俺が言うと。
「なんだって!」
おい、そんなに大きい声を出されると耳が痛いって。
柏木の声は電話だとかなり辛いくらいの大きさで、俺は痛くなった耳から受話器を放して電話を持ち変える。その間にも、柏木の話は続いていた。
「だってお前って確か薬学だろ、どうして大野が」
興奮した調子でまくし立ててくるけれど、
「そんなに変か?」
「だって、あいつ文系だろ」
「何?」
「確かに外部受験組だったけど、確か商学部志望じゃなかったかな。」
ちょっと待て商学と薬学じゃ偉い違いだぞ、受験科目もバラバラだ。うちの高校で文系コースの奴が薬学部を受けるとなると高校でならっていない科目を幾つも自習しなければならない。
自慢じゃないがこれでも一応偏差値はそれなりにある大学だ。
「冗談、だろ」
俄かには信じられなかった。
そうだ、後輩進路なんてそんなに詳しく知ってるはずがない。だから柏木の勘違いだと思いたい、のに、
「俺がそう言いたいよ、大野が地方の薬学部に行ってるなんて」
逆にそう返されてしまう。
「でも、どうして二つも下の後輩の事をお前がそこまで知ってるんだ?」
「二つ? 馬鹿大野は俺達の一個下だぜ」
「でも、今大学の一年で」
「浪人なんてそう珍しいもんじゃないだろ」
確かにそうだ、そういえば大野もそんな事を言っていた気がする。
俺は予想外の大野と自分の関係の近さになぜか胸が高鳴るのを感じた。そうだ、一つしか違わないとなれば委員会でも接点は多いし、友人の柏木だって大野の傍にいても不思議じゃないんだ。
「じゃあ、本当なのか」
「ああ、受験組は二年で引退だからな、ちょっとは相談にも乗ったよ」
ずるい。
くそ、俺がその時傍にいたら絶対力になってたのに。
「堀口?」
想像に思わず黙り込む俺に柏木が不思議そうに声をかけた、確かに電話で沈黙はかなり不気味だ。
「ああ、すまん。で、お前は何で大野の名前を出したときあんな変な反応をしたんだ?」
こうなったらとことん聞いてやる、今大野の傍にいるのは俺なんだから。全部知って受け止めて、その上であいつのいいようにしてやりたい。
意気込んで尋ねた俺に、帰ってきたのは柏木の苦い告白だった。
「あいつには悪い事をしたと思ってるよ。あの身長でも末はレギュラー確実だって言われてて、でも結局一度も試合に出ないまま高校でのバスケットを終わらされちまったんだから」
「どう、して」
うちの運動部は実力重視だったはずだ、実力があるなら二年だって試合に出してたはずなのに。
俺の死的に柏木はだから古傷をえぐるなよと前おいて、
「一年の時は当時の部長が上下関係にうるさい人だったし、2年になったらなったで小塚が入ってきただろ。いくらうまくてもチビが何人も居たら戦略的には厳しくなる。その上葉山は最後だからって俺の事使ってくれて、だからあいつ、結局一度も試合にでてないんだ」
俺の心に『もうレギュラー争いは嫌だ』という大野の言葉が蘇った。あれは比喩でも何でもなくて自分の経験を言ってたんだ。
あんなに実力がありながら天才的な後輩とよく似たタイプの副部長の所為で表舞台には立てなかった。
それでもずっと練習していた、今の身体を見ただけでも大野がどれだけ努力をしてきたのかが分かる。俺も才能に陸上を諦めた人間だけどあいつはもっと酷い、努力をしても、舞台に立つ事すら出来なかった。
「良く窓の外を見てた、覚えてる」
敷地内の木々は、空は、あいつの目にどう映ったのだろう。
ただそこにある自然は美しいと同時に羨ましかったのかもしれない。存在しても目にとまる事はない自分と比べて。
「あいつ、バスケ続けてるんだろ」
柏木の揺るぎのない声は高校時代の大野にとってバスケがどれだけ身近なものであったのかを物語っている。だから俺は、
「ああ、意地でもやらせる」
決意を宣言して電話を切った。