会いたくて、
熱血柿坂は一週間経った今もめげずに勧誘を続けているらしい。教室に着くと迷惑そうな顔の大野に必死に食い下がる柿坂の姿が見えた。
「柿坂が頑張ってるのは分かってる、でもそう言うのは俺には真似できない」
大野、こんな顔もするんだ。
引き締まった口元に軽く顰められた眉、真直ぐに相手を見る目には感情の色は見えない。宮下が言ったとおり、大野は冷たくきっぱりと周囲を拒絶していた。
「それでいいよ、今の実力で十分だ」
それでも柿坂は諦めることなく言葉を重ねる。よっぽど大野の実力に惚れ込んでいるんだろう、普段の彼からは考えられないような大幅な譲歩だ。その妥協を、
「停滞するだけなら、何かする意味はないって思うんだ」
大野は切って捨てる。
「それなら頑張れば・・・」
「だからそんな暇はないって言ってるだろッ」
苛立たしげな声は大きくはないのに妙に胸に響いた。俺なら多分引いてしまう、どんなに相手が欲しくてもここまで本気で怒られれば諦めてしまう。
けれど柿坂は違った、真摯な目で大野を見つめて。
「俺は、大野と一緒にプレイしたい」
飾らない言葉は、どうやら大野にも届いたらしい。その顔に今日始めてみる微笑が浮かんだ。
「ありがとう」
それはどこまでも優しい顔だった、綺麗過ぎて、柿坂が言葉を失ってしまうくらい。
なのに、どうしてこんなに悲しいんだろう、遠く感じてしまうんだろう。
こんな顔はさせたくなかった、見てられない。
傍に居たくて、守ってやりたくて、何より彼と共有できる絆が欲しくて、
「大野、バスケ部に来てくれ」
気が付いたらそう叫んでしまった、突然の闖入者に大野は意外なほどに動揺して、
「無理です」
それまでの余裕とは裏腹の短い言葉を口にするとそのまま走り去ろうとする。しかしこっちは元短距離選手だ、勿論瞬発力だってみっちりと鍛え込んでいる。
出口の方に先回りすれば大野はびくりと肩を震わせて竦んでいる。
そんなに、怖く見えるんだろうか、俺は。
ちょっとショックだ。
その誤解を解くためにも、やっぱり一度大野と向き合わないといけない。そのためには・・・・仕方ない。
「今更だけど、俺の力になってくれるんだろ」
ここまできたら自棄だ、こうなったら脅しだって泣き落としだって何だって俺はするぞ。覚悟を決めて強引な手に出る俺に、
「らしくないですよ、先輩。ここの部活は、そんな事までさせるんですか」
返ってきたのはとても悲しそうな声。
どうしてか分からないが大野は随分と俺の事を信頼してくれてるみたいだ。その俺が強引な手を使っても失望どころかそれを強要されたのだと思い込んでる。
そして自分のせいでと傷つくんだから、やっぱり優しい奴なんだ。
「違う、俺の意志だ」
そう、俺が大野の傍に居たくて我侭を言っている。嘘がない事を伝える為に真直ぐに大野の顔を見て俺は胸を張る。すると、
「どうして、何でそんなに俺にこだわるんですか」
気弱そうな素顔が覗いていた。
今なら大野に俺の気持ちを届ける事ができるだろう、でもそれは許されない。
大切にしたい後輩を困らせるわけにはいかないから。
「お前は立派な戦力だ」
俺が口にしたそんな言葉に大野の顔に失望が走る。
ああ、そうか、これじゃ大野のバスケセンスだけが目的みたいじゃないか。どうして俺はもっと気の利いた事が言えないんだ。けれど、
「背も低いし、足も遅いですよ」
大野は怒らなかった、むしろ期待に応えられなくて申し訳ないと小さくなっている。
駄目だ、自分を誤魔化してちゃ気持ちは伝わらない。俺は覚悟を決めた。
「それでもいいんだ、身長とか関係ない、信じれば夢だって叶うんだ。それに、」
「それに?」
下心が見破られたって構うもんか、言わないより、言って後悔してやる。
「俺が、お前とバスケをしたい」
「反則です」
大野は俺の顔を見ずに言った。
どういう意味だ、何が反則なのか分からない。だけど諦めたくなかった。
「気を悪くしたなら謝る、だから・・・」
なおも誠意をこめて説得しようとする俺に、
「いいですよ。取り敢えず、練習に参加してみます」
拍子抜けする程あっさりと、大野はそういいきった。
よし、やった。
まだ入部にこぎつけたわけじゃないけど、それでも大野と一緒に大好きなバスケが出来ることが嬉しくて俺は小躍りしたい気分になる。その時。
「なんか俺の時とはえらい違いだな」
ぼそりと柿坂が呟くのが聞こえた。しまった、こいつが居た事をすっかり忘れていた俺は驚く、そこまで変な事は言ってないよな。
大丈夫、熱烈な勧誘で誤魔化せるはずだ。
「ごめん、柿坂の事が嫌いなわけじゃないんだけど」
大野もばつが悪いのか困ったような顔をしている、けれど柿坂はそれを吹き飛ばすように笑って、
「でもいいや、お前とプレイできるなら」
手を差し出す。大野はそれを握り返していいのか迷っているようだった。
「入部は出来るか分からないから、ごめん」
これからチームメイトになるって言うのにこれはちょっと水臭いな、だから俺は
「じゃあ一回分だけ握手、な」
大野の迷いを振り切るみたいに強引に手を取って二人を握手させる。
こうして大野はバスケ部にくることになった。