会いたくて、

 

 

 

 

「思えばあの時も先輩はこうして優しくしてくれたんですよね」
控えめに俺の胸にもたれている大野、因みにここはホテルの狭いシャワールームだ。
「黙ってろ、口に泡が入るぞ」
そんな風に言われると照れてしまって俺は頭からお湯を掛けて石鹸を流してやる。
大野は自分でやると言い張ったのだが、その、腰に来ている随分きてしまっているらしくて、おかげで俺は一緒に風呂に入れることになった。
水も滴るいい男なんて言うけれど、濡れたこいつはこれでまた目の保養だ。
それを独り占めできるんだから役得役得、なんてこっそり楽しんでいたら。
「先輩、目を閉じててもらっていいですか」
 何故かそんな言葉が、
「ああ」
下心がばれたんだろうか、少しドキドキしながら目を閉じると腕の中で大野が動いているのが分かる。微かに聞こえた苦悶の声が気になって薄目で見れば、
「大野、なんて格好を」
 目の前では大野が自分のそこに指を入れていた。
「バカ」
俺の言葉に真っ赤になった大野、冷静になってやっと大野が何をしているのか分かった。確かに押さえが利かなくて生だったし、そう言うのは必要だよな。俺はようやく合点がいって、
「その、あの時はすまなかった」
慌てて謝った。初めてのときはそこまで気がまわらなったけど今だって立てないほどなのだ。あの時大野がどれだけ無理をしていたのかと考えると胸が痛くなる。
いきなりの謝罪に大野は黙って、
あ、そうか、ちゃんと言わないと意味が分からないよな。俺は慌てて説明しようとした、しかし、
「いえ、あの時は無理に誘った俺が悪いんですから」
察しのいい大野は俺が言うより先に気付いたらしい、でもそんな事より無理に誘ったって言う事は、
「正気だったのか」
「俺がザルなの、もうばれてるでしょう」
 気まずいのか目を逸らしながら大野が俯く。
「でもあの時は特別だったのかなって、ほら体調悪いと異様に弱くなる奴っているし、でもだったらどうして」
大野は始め言い渋っていた、でも俺がひたすら見つめていると観念して
「浮かれたんですよ、先輩に再会して魔が差したんです、酔った振りをすれば一晩でも先輩のお宅に上がれるかなって、でもあんまり優しいから、俺調子に乗りすぎて。どうせバスケ部だったら俺は入れないから思い出だけ貰おうって」
「どうして」
大野が言っている意味が分からなかった、むしろ経験者なんだからどこよりもバスケ部は入りやすかったんじゃないのか。そう、尋ねれば、
「だって本気になっちゃうでしょう」
だからそう言う事を笑いながら言わないでくれ、見ている俺の胸の方が痛くなる
「それの何が悪いんだ、どうしてお前はそうやって好きなものを捨てようとする」
俺の言葉に大野は答えずにただ身を寄せてくる、直接触れ合う体温に俺が大切にその肩を抱けば。
「こんなに幸せでいいのかな、先輩、俺何も捨ててませんよ」
照れ隠しに下を向いて
「一番大切な先輩への思い、男同士で不毛だ先輩を不幸にするって思いながら会いたくてとうとうここまで」
「馬鹿」
俺は力いっぱい大野を抱きしめる。
「でも先輩の言ったとおりだった、信じてみたら本当に夢がかなった。先輩を感じることが出来るなんて」
え、胸に感じる温かい水
「夢みたいだ」
声が掠れていて、大野、泣いてる。
「どうした、痛むのか、何があった」
うろたえる俺に、
「いえ、幸せすぎるだけですから」
幸せだったらどうして泣くんだよ、そういいたいのに何故か言葉が出てこない、代わりに。
「もう少しだけこうしてください」
大野がそう言ってぎゅっと俺の背中に手を回した。

 

それから黙りこんだまま俺達は風呂を上がってお互いに浴衣姿で小さな椅子に腰掛けた。
「落ち着いたか」
冷たい水を差し出しながら尋ねれば、大野はもう泣いていなかった
「すみません、なんか」
ともう何度目になるか分からない言葉を聞くけれど、今回ばかりは簡単には許せそうになかった。
「で、俺としては何がお前を泣かしたのか知りたいんだが」
答えるまでは納得しないと俺はきっぱり言い切る。
大野は一度上を見てそれから俺に向き直った、心の準備は終わったらしい。そして、
「先輩、俺、この大学を卒業できないかもしれないです」
なんだっって
「せっかく入った大学だろ前の大学辞めてまでいくらなんでもおかしいだろ」
ありえないと詰め寄る俺に
「でも、お金が続かないかもしれないんですよ」
それは確かに深刻な、でも尚絅に通っていたんだしあんなマンションに住んでいてこいつが貧乏だとは思えない。そもそも金がなければ大学に入りなおすなんていう選択肢はなかったはずだ。指摘すれば、
「そう言う約束なんです、お金が尽きたら帰るって」
「どこに」
「前の大学です、祖父は俺に会社を継がせたいらしくて従わないなら学費は出さないって譲らないんですよ」。
聞けば凄い話だった。
大野の祖父と言うのはなんとあのメディカ社の会長だそうでたった一人の孫である大野はそれを継ぐべく商学部に入ったらしい。
それでも研究者への夢が捨てきれなくてその祖父と賭けをしたというのだ。  
それはと百万円で全てを賄うというもの、大野は仮面浪人の1年間で受験準備をしつつデイトレードで試算を増やしていたと言うのだ。
要するに謎のバイトというのは株の売買、今は世界中のマーケットで取引できるから時間は関係なく酷い時には何十時間もパソコンを離れられないらしい。
「なんか、お前が怖くなってきた」
本物の経済屋なんだ、弁論部の奴が勝てるわけない。そう目を見張れば、
「だったら先輩の方がもっと凄いですよ」
「なんだよ、それ」
「だって俺にこんな勇気をくれたのは全部先輩なんだから」
どうやら俺はとんでもない事をしてしまったらしい。
それでも
目の前の愛おしい相手を自分の元に呼んだんだ、過去の自分を褒めてやりたい
「ずっと一緒にいるんだからな」
こうなったら絶対賭けに勝って一緒に卒業しようと誘えば
「でもかぶって一種のギャンブルですから」
帰ってきたのは不安そうな顔、だから俺はにっと笑って口を開く。
「言っただろ」
それだけで大野には俺の言いたい事が伝わって、
「信じれば夢は夢じゃない」
同時に言って俺達は顔を見合わせて笑った。

 

The END